二月 白梅








「ッ…ァア…ァッ…」

腰を進める度に、組敷いた身体からは押し殺した悲鳴が聞こえた。
ほとんど慣らしもせずに南郷を受け入れているのだから無理もない。
小さな入口は限界まで広げられて、狭い内部は押しこまれる肉塊に
ぎしぎしと悲鳴を上げている。
白い前髪が張り付いたアカギの額には脂汗がにじんでいた。
おそらく苦痛しか感じていないだろう表情に、南郷はほら見ろ、とため息をついた。

「やっぱり痛いんだろう。今抜くから力抜け」

そう言ってそろりと腰を引いた途端、ものすごい力で締め付けられ、
今度は南郷が苦痛に呻いた。

「いやだ…抜かないでっ…」

普段の彼からは想像もつかない、切実な声。
だが痛みのあまり思わず息を止めていた南郷にはそれを不審に思う余裕すらなかった。
そろそろと息を吐き、聞き分けのない男を説得すべく口を開いたが、ここで初めて必死の形相をしたアカギと目が合い、一瞬かける言葉を失った。

「こんなの、苦しいだけじゃないか。何でいつもみたいに」
「いいから。続けてよ」

いつもみたいに、ちゃんと慣らしてから先に進めばいいじゃないかという提案は、最後まで言う前に一蹴された。
南郷は仕方なく、引きかけた腰を戻して、そろそろと奥に突き進んでいく。
正直に言って南郷だって痛い。これがアカギの身体じゃなかったらとっくに萎えていてもおかしくはない。
南郷も額に汗をにじませながら何とか刀身をすべて収め、それからゆっくりと動き出した。

「ぅ…アッ…アアッ…」

南郷に揺さぶられている間、アカギは蒼白といってもいいような顔色で、逞しい両腕に細い指を食いこませていた。


アカギの様子がおかしい。
いつも一緒にいるわけではないから、いつからとははっきりと言えない。
彼が頻繁に代打ちの仕事を引き受けるようになってからは、憑きものが落ちたように落ち着いて、幾分明るくなった。
昔のようにむやみに無茶な賭けをして自分の命を試すことがなくなったので、南郷はほっとしていたのだ。
それがここ半年、いや一年前かもっと前からだろうか。時々、先刻のように無茶なセックスを要求するようになった。
痛いばかりの行為を欲しがって、しかしそれをプレイとして愉しんでいる風でもない。
どちらかといえば鬱屈した気持ちを、自分を傷つけることで憂さ晴らしをしているように見えて、南郷は気が気ではなかった。ようなしているようなところはあったけれど、今回の場合はそれとは違う気がする。
南郷が断れば、じゃあ他の奴とするからいい、と出ていこうとする。アカギはこういう時、南郷を自分の思い通りにする術を憎らしいほどよく心得ていた。

アカギは浴衣をおざなりに引っ掛け、開けた窓の傍でタバコを吸っている。青空に背を向け、どこか遠い目をしながら。
嗅ぎ慣れたタバコの匂いにまじって、まだ冷たいそよ風がこの部屋におよそ不似合いな香りを運んできた。
長い冬の終わりを告げる、春の匂いだ。

「なあ…何かあったのか?」

ずっと前から聞きたかったことを、とうとう聞いた。アカギが自分から話さないことは聞かない、というのは南郷が
自分に課してきたルールだ。今、南郷はそれを破ろうとしている。
自分の問題は自分で解決できる男だ。だけど、いくら才能や強い意志があっても、すべてがきれいに割り切れてしまうほど世の中は単純にできてはいない。
彼が一年もの間、鬱屈した何かを抱えているというのならば、それは彼にとってよほどのことだ。

アカギはぴくりと眉を動かしただけで、何も答えなかった。
もとより悩みをうちあけるなどとは南郷も期待していない。

「何だか知らんが…もしずっとすっきりしないままなんだったら、いっそ足を洗ってみちゃどうだ?
おまえひとりくらいなら俺にだって養えるし」

おそらく代打ちの仕事がらみで、釈然としないことがあるのだろうと、南郷は考えていた。
アカギが抱えている問題を自分がどうにかできるとは端から思っていないけれど、解けない問題を前に立ち止まっている状態の彼に、せめて手を差しのべたかった。
空を見つめたまま反応を返さないアカギに、南郷は肩を落とした。
提案にのってくれるとはあまり期待していなかったが、黙殺されるとやはり悲しい。
ところが。

「…洗おうかな」
「え」
「足」

思わぬ言葉に、南郷は思わずアカギの白い足を見た。
いやいや、そうじゃないだろうと首を振る。

「やめるのか、代打ち」

アカギは頷いた。心なしか、すっきりした表情になっている。
思いがけず、南郷の提案が受け入れられた。
それじゃあ、ずっと自分と一緒にいてくれるのか、と期待に胸が高鳴った。
だがアカギはタバコを灰皿に押し付けると、すっと立ち上がって言った。

「やめて、日本を出る」
「はぁ!?」
「そうだな…ラスベガスにでも行くか」

って結局ギャンブルがらみじゃないか!とつっこみが喉まで出かかったが、それよりも気になることがあった。

「行くってどのくらいだ?いつ日本に戻ってくるんだ?」
「さあ…もう戻ってこないかもしれない」

何となく予想していた答えではあった。いざとなったら、彼は全てを捨てられる男だ。
金も地位も名声も、住みなれた国さえも。
ましてや南郷のことなど、まったく彼を思いとどまらせる材料にはならないだろう。
もう二度と会えないかもしれない、と南郷がしょんぼりと眉を下げていると、

「南郷さんも行く?」

まるで買い物に行くようにアカギが誘った。
早くも涙の滲んだ目を丸くしてまじまじと見つめると、アカギはもう一度同じ言葉を繰り返した。

「ば…だって仕事」
「向こうで見つければいい。南郷さん一人くらい養えるし」
「言葉もわからないんだぞ…」
「行けば何とかなる」

返事は?と促され、南郷は一瞬のためらいの後、頷いてしまった。
いろいろと考えれば行けるはずがない、無理だ、と言いそうなものなのに、断ったら彼に一生会えないかもしれないという恐れがすべての不安材料を蹴った。

頷いて、俺も行く、とはっきりと答えた南郷にアカギは驚いたように目を見開いて、それから嬉しそうに笑った。

「じゃあ決まりだ」

それは久しぶりに見る、南郷が一番好きなアカギの笑顔だった。

おわり

オフラインで出した話とは別に考えていたラスベガス話の序。

アカギ部屋