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―――夜景―――
60階建ての建物の屋上から見た夜景は、当たり前だけれども、秋名や他の峠から
時折見るものとはまったく違っていた。拓海にとっての東京とは人とビルばかりで
峠のない、彼にとっては縁の薄い場所だった。今でも自分が将来ここに住むとは
到底思わないけれども、今日ここに来てはじめて、この大都会の魅力に触れた気がする。
夜空の星をもかき消してしまうほどの地上の星。
そこに集まる人々のふてぶてしいまでの生命力をそのままあらわしているかのようだ。
夏の夜だというのに、吹きつける風は肌寒い。やっぱり高いところだからかな、と考えていたら
フェンスにかけた手に大きな手が重ねられた。同時に背中も暖かくなる。
「ちょっ・・・」
「誰も見てねぇよ。それに寒いだろ」
確かに、周りにいるのはカップルばかりで、皆他なんか見ていない。
こんな風に覆い被さられていれば、背後から見えるのは啓介の背中くらいだろう。
だがいくら見られてなくとも、拓海はこういう場所でべたべたするのは苦手だ。
自分たちはただ夜景を見に来ただけなのに、これではまるで熱々カップルみたいではないか。
「別に寒くないです」
そっけなく否定して、じっとりと啓介を睨むと、しょうがないなという顔で苦笑された。
その表情がやけに大人びていて、拓海は無性に悔しくなる。普段は年齢差などまったく
感じない、それどころかどっちが年上かわからない時すらままあるのに、時折こんな
「年上の男」の顔を見せては拓海を戸惑わせるのだ。
さらにたちが悪いのは、拓海がこの顔に弱いということをこの男が知っているということだ。
拓海がぼうっと見惚れていた顔が近づいてきてぼやける。
「啓――」
「誰も見てねぇって」
それ以上の抗議は唇で塞がれてしまった。
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