秋の日の朝は

 

ひやりとした室内の空気に、進の意識は睡眠から浮上する。
壁掛け時計をみるとちょうど5時45分。
ないと不安だからとセナが持ってきた目覚まし時計はすぐに「壊れて」しまったが、
中学時代から染み付いた習慣で、この時間に起きるのは何も問題はない。
カーテンの隙間からのぞく窓の外はまだ暗い。
起きて支度をしよう、と身体をおこしかけて、自分の身体にかかっているわずかな重みに気がついた。

「・・・ん・・・」

かたわらのぬくもりは進が動くと同時に、ごそごそと身じろぎする。
筋肉がしっかりついた胸に頬をくっつけ、進のものにくらべて華奢な足首を進のふくらはぎの上あたりにのせている。

以前、無意識にセナを背後から抱え込んで寝ていたら、片脚だけ筋肉痛になったと文句を言われた。
確かにこの体重差では、意識のない自分の脚は存外に重いのかもしれない。
そう思ったから、眠っている間に彼に負担をかけないように、気をつけているのだが。

もっとも、彼の足の重さなど進にとっては羽根がのっている程度の感覚でしかない。
セナがこんな風に自分から進に寄り添って眠るのは、朝の気温が下がってきたからだ。
いわゆる末端冷え性というものらしく、セナは秋冬になると手足が冷えてなかなか眠れないらしい。
それなら俺の身体に触れて眠るといいと言ったら、それ以来寝つきがよくなった。

眠っているセナをもっとよく見ようとわずかに身体の向きを変えたら、
上掛け布団の隙間から、室内の冷たい空気が入り込んできた。
セナは目を閉じたまま少し眉を寄せ、う〜と小さく唸りながら、進の腕を探って大きな手を取り、
パジャマが少しはだけている腹部にその手のひらをあてがった。
腹が冷えないように暖めろ、ということらしい。

寝ぼけている時ならではのセナの傍若無人な態度に、進の口元がおもわず綻ぶ。
自然体の彼の仕草。むしろ起きている時こそ、こんな風に振舞って欲しいと思っているのだが、
一緒に暮らしている今でさえ、彼は自分に対してどこか遠慮がちだ。

腹にあてがわれていた手をそっと抜いて、安心して眠るセナの長いまつげに触れてみる。
そんな些細な部分でも触れられるとわかるのか、セナは不快げに眉をひそめると、

「うう〜ん・・・」

進の手を振り払って、向こう側に寝返りを打ってしまった。
当然、セナの身体は進から離れたが、どうやら足が冷たくなったらしい。
しばらくして小さな足がふたたび進のふくらはぎにのせられた。
どうやらまだ起きるつもりはないらしい。
向こうを向いている丸い頬に触れてみる。
わずかに産毛が生えている彼の頬は、自分のものと違ってしっとりと柔らかい。
その向こうにある唇はもっと湿って温かくて。
体重をかけないように覆いかぶさって、そうっと唇で触れてみたが、
わずかに口を開けたものの、それでも目を覚ます気配はない。
進はため息をつくと、覆いかぶさっていた上体を起こした。

その瞬間。セナの身体がびくっっと跳ねた。

思わず息を止めて見守る中、セナは何事もなかったようにすやすやと寝息を立てている。

「?」

彼が何に反応したのかわからないまま、とにかくいい加減に起きねばと、進のふくらはぎにのせられた彼の足の裏に指が触れた瞬間。

「やっ・・・!」

蹴られた。
とはいっても寝ぼけているセナのキックなど、大した威力もなかったが、
そのことでようやく思い出した。セナが本来くすぐったがりであることを。

『足の裏や手のひらなんて、普通だれでもくすぐったいですよ〜』

以前セナが言っていたが、どこをくすぐられても全く動じない進には納得しかねる意見だった。

(こういうことか)

眠っているセナの過剰な反応に興味をそそられ、無防備な手のひらをくすぐってみる。

「やんっ!」

セナの身体がまた跳ねた。まだ起きないのを確認して、今度はふたたび足の裏を指でなぞり・・・。

「・・・もー、何やってるんですかーっ!」

今度こそぱちりと開いた大きな瞳に思いきりにらまれたのだった。

 

当然のごとく、その日の起床時間は大幅に遅れ、朝のランニングの時間は短縮せざるを得なかった。
無論、こんなことはそうそうあってはいけないが。
寝ぼけたセナの反応はなかなか可愛かったな、などと、進清十郎は反省もそこそこに思ったのだった。

 

 

おわり

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