ギャンブル

 

[ギャンブル] 3rdダウンまでに10ヤード進まなかった場合、4thダウンは普通キックで攻撃権を手放すが、あえてそれをせずに通常攻撃を仕掛けること。

 

『泥門3回目の攻撃はわずか1ヤードゲインで終了〜。王城の鉄壁ディフェンスを前に、手も足も出ない模様。 ゴールまで20ヤード、残り時間わずか10秒。さあどうする泥門!?』

カレッジリーグ1部の準決勝。この試合で関東の覇者が決まる。

高校の時から因縁の対決ともいうべきか。王城と泥門は、多少のメンバーの入れ替えはあるものの、かつてと ほとんど同じ顔ぶれでフィールドに立っている。

「どうするヒル魔。フィールドゴールで延長戦に持ち込むのか」

武蔵が腕組みしてヒル魔に問う。
確かに十分にフィールドゴールを狙える位置だ。だがフィールドゴールは3点。
その後攻撃権は王城に移る。試合終了までたったの10秒。
これまで勝ち星がまったく同じだけに、引き分けになれば、延長戦に持ち込まれるだろう。

「すみません、僕が進さんを抜けないばっかりに・・・」

セナはうなだれる。3年前の関東大会を思い出す。あの時も、進のトライデントタックルの前になすすべもなく、目の前が真っ暗になった心地だった。自分たちが負ける、という危惧よりも、進に失望されたという絶望のほうがより大きかった。

結局、あの後セナは進を抜いて、誰にも譲ることのできない、進のライバルの座を守ったと思ったけれど。
大学のリーグ戦で再び対峙した進は、あの時より格段に強くなっていた。
三年間でセナは背も伸び、細身は相変わらずながらも、アスリートらしい体格を手に入れた。
今やスピードだけではない力強い走りは、中途半端なタックルでは止まらない。
それでも。今日の進にセナはことごとく止められていた。
あの時から、いや今年の春のリーグ戦よりも、進のタックルはまた威力を増した。

足ががくがくと震えて止まらない。
大学のチームは仲間が増えて、普段の試合ではディフェンスはディフェンスチームに任せられるようになった。
だが、王城で進がオフェンスにも参加すると、進の足に追いつける者が、セナを除いて誰もいない。
結局、対王城戦では、進にひきずり出されるように、セナもディフェンスにも参加しなければならなかった。
当然、他の選手に比べて足にかかる負担は相当なものだった。

「延長戦なんざ糞チビの足がもたねーだろ。こいつ以外に進を止められる奴は誰もいねー。
だったら道はひとつだ」

ヒル魔は正面からセナを見据えた。

「これが最後のチャンスだ。何としてでも進を抜け」

 

 

「フィールドゴール狙いか。どう思う、進?」

敵チームの様子を見ながら、高見は進に聞いた。

「小早川の足はもう限界です。ヒル魔が延長戦に持ち込むとは思えません」

いや、もうとっくに限界は超えているはず。進は確信していた。
セナが大学に入ってから一緒に暮らしている仲だ。
セナのパワー、スピード、スタミナは誰よりもよく把握している。

それでも、と進は思う。
毎日一緒に暮らし、朝晩のランニングを共にこなし、心を通わせる相手であっても。
真の実力、真の手強さは、試合で戦ってみないとわからない。
春のリーグ戦から、セナはまた強くなった。
高校の時よりさらに威力を上げたトライデントタックルをもってしても、
もはや以前のように容易に彼を止めることはできない。
少しでもタイミングが狂えば、本能的にその隙をついて抜けていこうとする。

進もこの半年間、ただ安穏と過ごしていたわけではない。

『僕はいつまでも、進さんの一番のライバルでいたいんです』

そういってくれた、セナのきらきらした目を失望で曇らせないために、
夏の間も鍛錬にはげみ、己を磨いてきた。

(「一番」じゃない。「唯一」だ)

強敵は確かに他にもたくさんいる。だが、自分の中でライバルと認める存在はただ1人だ。
ただ1人、小早川セナと戦うために、進はフィールドに立っている。
セナと戦うためであれば、ディフェンスとオフェンスの両方をかけもちする負担など、
なんとも思わない。むしろセナと60分間フルで戦えるのが嬉しいくらいだ。

進はまっすぐに高見を見た。

「必ず泥門は勝負をかけてきます。小早川は必ず俺が止めます」

(来い、セナ)

 

泥門チーム側を見ると、ヒル魔に何かを言われていたセナがこちらを向いた。
進とセナの目が、かちりと合う。

 

『泥門4回目の攻撃、ギャンブル――!』

 

おわり

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