花火

 

 

「以前、花火が好きだと言っていたな」

朝の黒美嵯川でのランニングの後、堤防下の土手に並んで座っている時に、
進は唐突に話を切り出した。

「はあ」

セナは首をかしげ、そういえばそんな話もしたかな?と考える。
別に特別好きというわけではないが、見れば普通にきれいだなと思う。

「今夜、花火大会があるらしいが、それは毎年、俺の家からよく見える。
部活が終わったら、見に来るといい」

川を見つめたまま言われたので、それがお誘いの言葉だと理解するのに数秒かかった。
もちろんセナは、二つ返事でOKした。

 

そうして部活の後、駅で待ち合わせて、進の部屋に来たのは7時過ぎ。
夕食をご馳走になっている間にも、既に轟音が鳴り響いていた。

「うわあ、本当にここ、特等席ですね」

部屋の正面に住宅がなく、その先は大きな公園になっているらしい。
こんもりした樹木の陰の向こうから光の筋が伸びては、夜空に大輪の花を咲かせている。
いいなあ、とセナは思った。
四方を住宅に囲まれている自分の家では、とても花火など見れやしない。
目の前にはスイカと麦茶。涼しい部屋で花火観賞なんて。なんて贅沢。

「進さんは、毎年ここで花火をみているんですか」
「いや。見るのは子供の時以来だな」

あなた今朝、毎年よく見えるって・・・。

おもわず胡乱げになったセナの表情に気づいているのかいないのか。

「毎年この時間帯は、自宅でのトレーニングかランニングをしている。
だがおまえの話を聞いて、今年は花火を見るのも悪くないと思った」

こうして2人で、窓辺に並んで座って。
進の気持ちが嬉しくて、セナは隣にいる進に抱きついた。

「ありがとう、進さん」

 

花火大会は終盤を迎えて、次々と大きなものが打ちあがる。
無心で花火をみつめているセナに、睡魔が襲い掛かる。
部活の後で夕食をご馳走になって、しかも花火を見るために部屋を暗くしている。
寝ちゃだめだ、と思いつつもぐらつきはじめた上体を、ふいに大きな手が掴んだ。
視界が90度回転する、とおもったら、セナの頭はすでに進の膝の上だった。

「し、進さ」
「部活で疲れているのだろう。起こしてやるから、少し眠るといい」

その体勢でも、花火は見られるだろうと、髪を撫でる感触がとても心地よくて。
咲き誇る色とりどりの花を目の裏に焼き付けながら、セナはうとうとと幸せな眠りにおちた。

 

 

おわり

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