しあわせ

 

「う・・・んっ・・・そこは・・・」
「ここか?」
「あッ・・・気持ちい・・・です」

誰もみていないテレビは今朝のニュースを伝えている。
朝日が差し込むリビングの片隅には、寝室から持ってきたタオルケットが敷かれ、
セナはその上にうつぶせに組み敷かれていた。

「ふむ・・・だいぶ凝っているな。少しペースを上げすぎたか?」
「いえっ、大丈夫で、す」

足の裏のツボをぐりぐりと押されて、セナは痛みと気持ちよさのあまり、
おもわず声を途切らせた。

トレーニングや試合の後は、筋肉をほぐしておかないと、
翌日酷使した時に肉離れや故障につながる。
ということで、朝晩のランニングの後はこうして進のマンションで
シャワーを浴びて、マッサージをしてもらうのが日課となっている。
スポーツ医学の本をいろいろと熟読している進は、
ついでにマッサージ術にも精通してしまったらしく、
その力強い指や大きな手のひらを駆使してほぐされると、
あまりの気持ちよさにセナの身体はもう抵抗できない。

ああ、幸せだなぁ。

進が大学生になって、今年は同じフィールドで戦うことはできないけれど、
一緒にランニングして、マッサージまでしてもらって。
進が一人暮らしをはじめてから、週の半分はここに来ている。
ほとんど一緒に住んでいるような感覚だ。

心地よい疲れと、 シャワーの後の爽快感と、疲れをほぐす優しい手の動きに、
でも、と、うとうとしかけるまぶたを押し上げて、
自分の後方にいる進を首をひねって見上げ、いつも思っていることを口にした。

「僕も進さんのマッサージしたいです。いつも僕ばっかり」

そりゃあ、僕は進さんみたいにツボとかわからないけれど、
同じトレーニングをしているんだし、僕だって進さんの役に立ちたい。

セナは身体を起こそうとしたが、その前に伸びてきた大きな手で背中を押されて、
カーペットに敷かれたタオルケットの上に再び戻される。

「俺は自分でできるからいい」

僕だって自分でできるのに、と口をとがらせかけたセナに、進は「それに」とふいに目元を和らげた。
その顔がふいに近づいてきて――

ちゅ。

「この体勢なら、こういうこともできるしな」

いたずらっぽく微笑む男前に、セナは赤く染まった顔で唇を押さえながら、
ああ、この人にはかないそうにない、
とおもうのだった。

 

おわり

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