家庭教師

 

「次。問題文から空欄を埋めて読んでみろ」
「え〜っと・・・I have got to・・・going・・・?」
「違う。have got toの後にくるのは原型・・・辞書にのっている形だ」
「go?」
「正解だ。続きは」

マンガやゲーム機などがおいてあるセナの部屋とは違い、余計なものを一切おかない、整然と片付けられた部屋。
片隅に無造作に置かれている、大きなスポーツバッグを除けば、とても男子高校生の部屋とは思えない。
おそらくこのために運び込まれたであろう、長方形のガラステーブルに教科書とノートを広げ、セナは背後のベッドに背をあずけていた。

今は期末試験の直前。泥門高校も、クラブ活動の時間を制限している。
『いいかテメーラ、一つでも赤点なんか取ったら、ぶっ殺す!』
赤点を取れば、その教科の数だけ、夏休みに補習を受けなければならないのだ。
当然、その間は部活には出られない。毎日、朝練と夕練と主務の仕事で忙しくて、
家で勉強などほとんどしていないセナだったが、さすがにこのままではまずかった。
また、まもり姉ちゃんに家庭教師を頼もうか・・・と思っていたのだが、それを進に話したことで風向きが変わった。

『試験勉強で会えないのは仕方がないが』

言葉とは裏腹に、進の表情は憮然としていた。

『家庭教師は、あのマネージャーじゃないと駄目なのか』

心もちトーンが低くなった進の声に、セナは小首を傾げた。

『え…別にそんなことは』
『俺が教えるなら、会う時間も減らないだろう』

・・・というわけで、進の部屋に来ているのである。

 

向かい合うと教えにくいため、二人でベッドを背に並んで座っている。

(すぐ隣に進さんがいる)

どちらともなく、部活後のロードワークを一緒に走るようになって、
夕焼けで赤く染まった河川敷でキスをしてから、2人のおつきあいは始まった。
進の部屋に来たのはこれが初めてだった。
進の教え方は簡潔で明快だったが、やはり意識せずにはいられない。
進の部屋で2人きり。キスや、それ以上のことを・・・。

「小早川」

呼ばれて、ようやく我に返った。
姿勢を正そうと身じろぎした瞬間、すぐそばにあった進の手に、セナの指先がこつんと触れた。
セナよりも大きい、無骨で暖かい、進の手。
その感触が、それまで想像していたことと重なって、セナは真っ赤になって慌てた。

「あっすみませ・・・」

顔をあげると、驚くほど近くに進の顔があった。
間近にみれば見るほど、見とれてしまう、男らしい顔立ち。

「進さ――」

吐息が唇にかかって、セナは目を閉じた。大きな手のひらが頬を包み込む。
つづいて降ってくる、やわらかい感触。
テーブルにおかれたグラスの氷がカランと涼しげな音を立てたが、
久しぶりのキスに夢中になっている2人の耳には届かなかった。

 

おわり

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