上手なキスの仕方
唇と唇がふれあう。
唇は体の中で一番柔らかい部分だという。
だから、どこもかしこも固い、鍛え抜かれたこの人の身体でさえ、
唇はこんなにも柔らかい。
「俺のキスは下手だろうか」
「はい??」
やぶから棒に聞かれて、セナは耳を疑った。
自分は何か聞き間違えただろうか?
それとも空耳?それとも誰か別の人の言葉だったのかな?
しかしここは進の部屋で、部屋には進と自分しかいなくて。
しかも、セナを至近距離から見つめる進の表情は真剣だった。
「あのう・・・」
「正直に言ってほしい。いくら両思いでも、努力を怠れば心は離れていくものだと。
キスひとつ満足にできないようでは、そのうち愛想をつかされると、桜庭がいっていた」
困惑して取りあえず口を開いたセナに、進はたたみかけるように言い募る。
一見無表情に見えるが、セナを見据えるその目はどこか必死だ。
(桜庭さんてば、また余計なことを〜)
自分のことをネタに進をからかって楽しんでいる、桜庭の姿が容易に想像できて、
セナは頭を抱えた。
「上手いか下手かなんて俺にもわからないですよ。
・・・ だって進さんとしか、したことないですから」
思わず進から視線をそらして、ごにょごにょと口ごもる。
頬がかあっと熱くなった。
上手いか下手かといえば、自分こそ上手くはないとおもう。
最初は確かに、お互いにぎこちなかった。
進もセナもキスは初めてで。最初の数回はただ唇を合わせるだけ。
焦って歯をぶつけて、流血沙汰になったことも何度かあった。
それでも進と抱き合ってそんなことをしているというだけで、すごくどきどきした。
最近はお互いにもう少し大胆になって、唇を吸ったり、舌を絡めたりもしているけれど、
どきどきする気持ちは、今も変わらない。
「そ、そんなことより、せっかくだから食べていいですか」
話題を変えようと部屋を見回すと、麦茶と一緒に出された、真っ赤なさくらんぼの皿が
目に入った。明らかにセナのために用意されたそれは、口に入れると甘く口の中にひろがった。
枝をつまんではおいしそうに赤い粒 をほおばるセナを、進はまだ何かいいたげにじっと見ている。
「・・・えーと、そういえば」
その視線と沈黙に耐えられなくなったセナが、また口をひらく。
「さくらんぼの枝を舌で結べる人は、キスが上手だっていいますよね」
言ってからはっと口をつぐんだが、もう遅かった。
(僕のバカ!さっきの話題に逆戻りじゃないか〜〜)
もちろん進は聞き流さなかった。深い瞳の奥がきらりと光る。
「枝ってこれか?」
皿に残っているひとつをひょいと持ち上げた。二股になった枝の両端には、赤い実が二つ。
「ええまあ・・・」
「試してみるか」
何を、とたずねる間もなく、枝のついたさくらんぼを二つ、口の中に放り込まれた。
抗議もできない口を進の口が塞いだ。
「んんっ・・・」
まず実と枝を歯と舌を使って切り離し、実の方をセナの舌の下に押しやった。
それから実のなくなった枝を舌で結ぶべく格闘する。
「・・・っ」
逃れようにも、進の手ががっしりと後頭部を支えていてかなわない。
セナの口の中で、進の舌が暴れ回る。舌を舌で擦られ、裏側を舐められ、歯列をなぞられた。
逃げ回る舌先を吸われて、セナの身体はびくんと跳ねる。
いつになく乱暴な進のキス。だけどセナを抱く腕はこんなに暖かくて揺ぎ無い。
(進さん)
嵐に翻弄されているかのように、進のシャツの胸元にしがみつくように握っていた両手は、
いつしかがっしりした背中に回されていた。
苦しいのに気持ちよくて、いつもと違う進とのキスに頭がぼうっとする。
感じるのは、自分が進を好きだという気持ち。
そして、進が自分を好きだという気持ち。
ただそれだけになる。
「できたぞ」
長い長いキスからやっと開放されても文句もいえず、さくらんぼに負けず真っ赤な顔で睨みながら
口をもぐもぐさせているセナに、進は特訓の成果を掲げて見せた。
実がなくなったさくらんぼの枝は、見事に真ん中で結ばれていた。
おわり
小説部屋