本屋にて

 

 

1月の終わりはシーズンオフだ。時々練習試合はあるものの、秋大会に比べれば練習時間も短い。
部活後、珍しく仕事も入っていなかった桜庭は、進を誘って駅前の本屋へ行った。
大会中は店が開いている時間に帰ることすらできなかったことを思うと、こうして寄り道できることに、開放感と同時に寂しさを感じる。
いつもと変わらない練習メニュー。だが引退した3年生はグラウンドにはいない。
王城ホワイトナイツは、今は進が中心となって動いている。

そんな感傷にひたりながらファッション雑誌を眺めていた桜庭は、いつのまにか進がいなくなっていることに気づいた。
てっきり、スポーツ雑誌か、学参のコーナーにいるものとおもっていたのだが、いない。
ありえないと思いつつ、コミック、小説、文芸のコーナーもみてまわったけれど、いない。

(あいつ、どこ行っちゃったんだろ)

大声で呼ぶわけにもいかず、何度か店内をうろうろ探し、もしや並んでいるのかとレジのほうに行ってみたら、いた。
レジではなく、その正面の雑誌コーナーに。
ほっとして進、とかけようとした声は喉の入り口で引っかかって消えた。

探していた人物は、桜庭が来たことにも気づかずに、誌面をじっと見つめている。
世にも恐ろしい光景だった。
いっそ人違いであってくれればとまじまじとその横顔をのぞきこむも、それは間違いなくホワイトナイツの鬼キャプテンだった。
先刻から何人かの女性客が同じコーナーに並べられている雑誌を手に取っているが、皆、進を遠巻きにして雑誌を見ている。

「あのさ、進・・・何みてるの・・・?」

おそるおそる声をかけると、進はようやく桜庭に気づいて、雑誌から目を離した。

「うむ」

うむ、じゃないよ。そりゃ何の雑誌かなんて見ればわかるけどさ。
なんだか俺たちすっごく浮いている気がするんですけど!
できればすぐにでもこの場を立ち去りたいという桜庭の願いは、ふたたび誌面に目を落とした進には全く通じなかったようだ。

「こういうチョコレートは、普通のチョコレートより美味いものなのか?」

はい?
普通もなにもお前はチョコレートなんか食べないだろとか、そんな特集に載っているチョコレートなんか買ってどうするんだとか、そもそも男が買うもんじゃないだろとか、いろいろなツッコミがぐるぐると桜庭の頭の中をめぐったが、いざ実際に言葉になったのはそのどれでもなかった。

「・・・そりゃ、コンビニやスーパーのチョコより美味いと思うけど?」

これとか、高いけど値段だけはあるよ、と進が見ていた誌面に載っている、有名ブランドのチョコレートを指して言うと、進はそうか、と表情を崩した。

(うわっ)

何その顔。
いつもの仏頂面からは想像もつかない、口元をわずかに緩ませ、穏やかな目で誌面をみつめる進の横顔に、桜庭は見てはいけないものを見てしまった気がした。
気づいたのは秋大会が始まる前くらいからだろうか。春は自分のことでいっぱいいっぱいだった桜庭にはどうだったのかわからないが、とにかく気がつけば、それまで仏頂面しか見せなかった進の表情が、時折和らぐようになっていた。最初は自分の心構えの違いがそう見せているのかと疑ったが、高1の時の進はやっぱり仏頂面しか記憶にない。彼女でもできたのかとも思ったけれど、そんな気配は微塵もないし。疑問におもいつつも、まあいい傾向なのかなとそのままにしておいたのだ。
それにしてもこんな緩んだ顔を見たのは初めてだ。

(これは絶対に彼女がいるぞ)

進にかぎって、自分で食べるための(しかもバレンタイン用の)チョコを物色していたとは考えられない。
なぜバレンタインにチョコを渡そうなどと考えているのかは全くわからないが、おそらく彼はそのつもりなのだろう。
相手は誰なのか、今すぐに聞きだしたい好奇心はむくむくと膨らんできたけれど、その前に。

「進、気になるならその雑誌買えば?そんなに高いもんじゃないし」

女の子が群がるバレンタイン特集のコーナーから、一刻も早く立ち去りたい。
ここでいつまでも注目を集めるくらいなら、レジで一瞬、店員に変な目で見られたほうがマシだろう。
もっともこの男は、他人の目など気にしないだろうけれど。

本心を押し隠して勧めれば、進は「うむ」とうなずいて、やっぱり何のためらいもなくその本をレジに持っていった。

 

10分後。進からチョコレートを贈る「相手」の名前を聞き出して、桜庭は再び仰天することになる。

 

 

おわり

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