スローステップ

 

15

 

夜明け前の夜空の下で、セナは人待ち顔で黒美嵯川に佇んでいる。
いつも目覚ましに助けられてやっと起きているセナが、今日は珍しく自力で目覚めてしまった。
早く家を出ても仕方がないことはわかっていたが、黒美嵯川へと向かう足は自然と軽く、速くなる。
だって、今朝からは、また進と一緒に走れるのだ。
彼が来るとわかっているから、待ち時間すらどきどきして楽しい。
やがて夜の闇の向こうから、見慣れたスウェットの上下を来た男が現れる。
進さんだ、とセナの心が跳ね上がった。
進はセナを認めると、少し驚いたように速度を落とした。

「おはようございます!」
「・・・ずいぶん早いな」

そうだろうかとセナは首をかしげる。確かに早く家を出たつもりだったけれど、進が来るまでそう待たなかった。
そう言うと、進は今朝はいつもより早く家を出たから、ここでお前を待つつもりだった、と呟いた。

(もしかして、進さんも楽しみにしてくれていたのかな)

また一緒に走れることを。
揺るぎのないスピードで前を走る広い背中を見つめながら、セナはふとそんなことを思った。

 

 

並んで土手に座ると、進は早速、唇を求めてきた。
そろそろ空は白みかけているが、まだ人影もない土手の下。セナは落ち着きかけた心拍数がまた上がるのを感じながら、進が満足するまで口づけに応えた。身体がひきしまるような朝の凛とした空気の中で、自分を抱き寄せているたくましい二の腕が暖かい。頼りなくさ迷う細腕がたどり着いたスウェット越しの背中の暖かさも、なんだか頼もしかった。

ようやくキスから開放すると、進はセナを胸の内に抱き寄せたまま、ふと真剣な表情になった。

「・・・いよいよだな」
「はい」

明日は秋大会開幕式。逆シードの泥門は明日が緒戦でもある。
対戦相手は過去の対戦データがまったくない網乃高校。
毎年違うスポーツで優勝するという、得体の知れない不気味さがある。
負ければ、泥門の秋大会は明日で終わってしまうのだ。
デスマーチをやり遂げたとはいえ、特訓の成果がどこまで通用するかわからない。
その上、キッカーもいない。
明日の試合が怖くないといえば、嘘になる。
背中ごしに震えと緊張が伝わってきて、進はセナを抱く腕に力を込めた。

「泥門の試合は、俺も見に行く」
「はい」
「以前お前に言った言葉は、覚えているな」

セナの背中がぴくんと震えた。そして埋めていた胸から顔を上げると、先刻とはまったく違う表情で、まっすぐに進の目を見た。

「・・・はい!」

そこには甘えも怯えも微塵も感じられない、進の最強の好敵手、アイシールド21の顔があった。

「必ず勝ち抜いて、決勝で進さんと戦います!」

ようやく顔を出した太陽が、静かな闘志を秘めたセナの顔を横から照らし出して。
進はそれにまぶしそうに目を細めながら、

「それでこそ、俺のアイシールド21だ」

と嬉しそうに答えたのだった。

 

 

第2章へつづく・・・

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