あなたに会いたくて

 

 

「Set! Hut! Hut!」

気温35度、湿度80パーセント。
ただでさえ汗が滝のように噴出すこの炎天下の中、
防具をつけて練習するのはかなりつらい。

「アメリカの方が涼しかったなあ〜」

何度も死の危険を感じたデス・マーチも、喉元をすぎればよい思い出だ。
ヒル魔のスパルタ特訓の元、休憩時間などあるはずもないが、
水分補給だけはマメにしなければ本気で死ぬ。

「体の方は不思議とばててないけどな〜暑さで頭がぼーっとしてくるよな〜」

先ほどのセナのつぶやきに、文字通り頭から湯気を出しているモン太がこたえた。
確かに。ホイルに包まれて蒸し焼きにされている、そんな状態で、体は動いていても
頭の中は真っ白だ。

ほほ〜う、お前らに使えないと困る脳みそがあんのか?」

背後からかかった声に2人はぎくりと肩をこわばらせた。
給水タイムのはずが、少しばかり休憩しすぎた。

「バカは体で覚えろ!地獄のパース!地獄のスラローム!」
「ひぃぃぃ!」

間髪なく乱射されるマシンガンに追い立てられながら、
2人はあわててグラウンドに戻っていった。

 

(進さん・・・)

意識が朦朧としてくると、思い浮かぶのはいつも進の顔だ。
セナが強くなりたい「理由」。
デスマーチのさなか、崩れかかる膝を支え続けてきたのは、
進と戦いたいという一念だった。

進さんともう一度戦いたい。
戦って、勝ちたい。
勝って、進さんの最強のライバルになりたい。

「進さん、どうしているかなあ」

王城は富士へ合宿に行くと、携帯の留守電に進のメッセージがはいっていたけれど。
太陽戦の翌日にエイリアンズ戦、しかもその日のうちにアメリカへ行くことになった
ものだから、進とは1ヶ月以上連絡をとれずにいる。
進は携帯を持っていないし、進のいない自宅にメッセージを残すのも気が引けた。
おそらく進は自分がアメリカから帰ってきていることも知らないような気がする。

「会いたいなぁ」

つぶやきながら、ついスピードを緩めてしまっていたらしい。
足元に銃弾を雨あられと乱射されて、セナは飛び上がった。

 

帰宅後、泥のように眠っていると、枕もとの電子音に起こされた。

(むにゃ・・・でんわ?)

ほとんど何も考えずに手探りで携帯を掴み、目も開かぬままで耳に当てる。

「ふぁい・・・」
『小早川か。起こしてすまなかったな』

受話器から聞こえた低い声に、セナはがばっと飛び起きた。

「進さん!?」
『電話が通じるということは、もう帰ってきたのだな』

ずっとずっと聞きたかった声。答える声も弾んだ。

「はい!進さんも、もうこっちに戻ってきてるんですか?」
『いや、まだ富士にいる』

携帯のディスプレイを改めて見ると、『公衆電話』と表記してある。
消灯後、合宿所の公衆電話から電話をかけてきているのだ。
2人はひとしきり話をした。セナのアメリカでの話や、進の富士での話。
会えなかった間の、いろいろなことを。
それでも、胸の奥でわだかまる、もどかしい気持ちは消えなくて、セナはふと口を閉ざした。

『小早川・・・?』
「会いたいです」

考える前に言葉が出てしまった。

「僕はもっともっと強くなって、進さんと戦わなくちゃいけないんです。
そのためにはもっともっと練習しなきゃ追いつかない。それはわかっているけど、だけど」

言葉と一緒に涙もこぼれおちる。何が言いたいのか、もはや自分でもわからない。

「想っているだけじゃ足りないんです。進さんに会いたい」

えぐえぐと駄々をこねるセナに、進は朴訥としながらも優しさの滲んだ声で話しかけ、
結局セナが泣きつかれて眠るまで、受話器を置かなかった。

 

日中は30度を越す猛暑でも、早朝はまだひんやりと涼しい。
アメリカに行くまでは進と走っていた、黒美嵯川沿いのコースを1人で走る。

(いつ帰ってくるのか最初に聞いておけばよかった)

朝起きたら、当然通話は切れていて。
せっかく合宿先から電話をくれたのに、延々と駄々をこねた自分を思い出して落ち込んだ。
あれから連絡がないし、もうすっかり呆れられてしまったのかもしれない。

深いため息をつきながら前を見ると、はるか向こうから誰かが走ってくる。

(え・・・?)

願望のあまり、他人を見間違えたかと目を見はる。だがその人物は、まっすぐセナを見ながら、
規則正しい歩調でこちらへと走ってくる。
Tシャツとジャージ姿の青年は、セナが一番会いたかった人だった。

「進さん!」

セナはたまらず、それこそタックルする勢いで、進の胸に飛び込んだ。

 

昨日の夜遅くに帰ってきたのだと、進は説明した。
道端でいつまでも抱き合っているわけにもいかないので、
とりあえず抱きついたセナを抱えたまま土手に下りたが、
それでも離れたがらないので、結局抱き合ったままそこに座った。

「携帯を持とうかとおもう」

ぽつりと言った進の言葉に、セナはびっくりして胸に埋めていた顔を上げた。

「俺も会えない間、おまえのことばかり考えていた。
想うだけでは足りないのは、俺も同じだ」

俺も小早川に、いつでも会いたいし、いつでも声を聞きたい。

深い瞳の色でじっとセナをみつめながら言う進の首筋に、
セナはまた細い両腕をまわしてかじりついた。

 

おわり

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