「いよいよ明日だな〜っ」

部活後の帰り道、隣を歩いていたモン太のうきうきとした様子に、セナは明日何かあったかな?首をかしげた。
モン太の誕生日・・・は8月だし、練習試合、は先週やったばっかりだ。

「ええと、明日何かあったっけ?」

素直にたずねると、モン太は「何いってるんだよーっ」と頭をかきむしった。

「明日は待ちに待ったバレンタインだろおっ!?たくさんのかわいい女の子からチョコもらって告白される大事な日じゃねーか!
俺たち秋大会ですっかり有名人になったから、きっといっぱいチョコもらえるぜ!?」

いやいやもちろん告白されても俺はまもりさん一筋だけどな。でもチョコだけはもらってあげないと可哀想だよな?
と一人、告白された時のシミュレーションをはじめたモン太の横で、セナはアハハと力なく笑う。
セナにとってのバレンタインは、まもりから手作りのお菓子をもらえることを除けば、ごく普通の日だった。
友達すらいなかった、引っ込み思案なセナには、女の子からのチョコだとか告白だとかとは無縁の世界だった。
もちろん今では友達も仲間もいるし、アイシールド21の正体を明かしてからは、クラスの人や知らない人に声をかけられる機会も増えたけれど、だからといってモン太がいうように、今年からいきなり告白されるとかは、ちょっと想像できない。

(そうかぁ、バレンタインデーかぁ)

明日は部活後に進と会う約束をしていた。イベントに全く無頓着な進がバレンタインを意識して誘ったとはとても思えないので偶然だろうが、進と会えるというだけで、明日は特別な日になりそうな気がした。

好きな人に告白とチョコかあ。ううん、とセナは考え込んだ。つきあいはじめて半年以上たつけれど、告白は何回してもいいかもしれない(恥ずかしいけど)。チョコも、あげたい気持ちはあるけれど、あげても進は困るだろう。間食を一切しないひとだから。

 

 

 

そしてバレンタイン当日。
その日は確かに、セナにとっては特別な一日となった――ただし、セナの期待とは一部異なる方向で。

 

校門から足を一歩踏み入れた瞬間、盤戸戦の後の学校での騒ぎを再現しているのかと思った。
ただし、ドドド・・・とセナに向かって突進してくるのは運動部のむさい男たちではなく、スカートを翻した女子たちだった。

「小早川くーん」
「セナくーん」
「アイシールドくーん チョコ受け取って〜」
「ひぃぃ〜っ」

知らない女の子からチョコをもらう、それは想像だにしなかったけれどうれしいことのはずだった。
だが、他を蹴散らしながら、セナ自身もを踏み潰す勢いで我先にと突進してくる姿は、実際に目の当たりにするとかなり恐ろしいものだった。
はっきりいって試合中よりも怖い。相手チームのディフェンス陣はたった11人で、しかも全員がセナ一人に突進してくることはほとんどないが、今はそれよりはるかに多い人数がセナを踏み潰さんとばかりの勢いで向かってきたのだ。

「助けて〜〜〜!!」

頭の中がまっしろになった状態で、セナはひたすら女子の群れの間をすり抜け続け、わけもわからず本能で逃げ続けた。
しかし、こんな騒ぎはまだ序の口だったと、ほどなく思い知ることになる。

ようやくたどり着いた下駄箱の中には上履きが見えないほど箱や包みがつめこまれていて。
下駄箱から教室までの道のりはいつになく遠く感じられた。
HR前の教室でもチョコ攻勢にあい。
教室の机も教科書が入らないほどいっぱいで。
授業の合間の休み時間にはひたすら逃げ回っていて、昼休みなどは弁当箱を開けることもできなかった。

「・・・もうイヤだぁぁ・・・」

もらったら嬉しいはずのチョコが、トラウマになりそうだ。
やっと授業が終わって、ようやく部室にたどりつくと、そこにも誰あてのものかわからないチョコがそこらじゅうに積まれていて、中央のテーブルでは栗田と小結が幸せそうにチョコをほおばっていた。
ようやく安全地帯についた、とへなへなと入り口にくず折れるセナの頭に、ぽすんと何かが当たった。

「おつかれさん」
「・・・鈴音」

頭に置かれたのは、ピンクの小さな包みだった。

「これ私から。てゆっても、チョコはもういらないって顔ね」
「・・・いや、もらうよ。ありがとう」

朝にまもりからも弁当と一緒にチョコをもらったし、この二人からのチョコなら怖くない。
部活が始まる前から疲れている様子のセナに、鈴音は「ここにもセナ宛にいっぱい来てるよ〜」と追い討ちをかけた。

「セナ大丈夫?みんなの分はそれぞれにダンボールに分けて入れてあるけれど、もし食べきれなくて困るようなら、チョコは栗田君と小結君がひきとってくれるって」
「ああ〜〜お願いします〜〜」

応援してくれるのはとても嬉しいことだけれど、これだけのチョコを全部食べるのは現実的に不可能だ。助かった〜とほっと胸をなでおろすセナにまもりは、「包みをあけて、手紙だけまとめて渡すね」とにっこり笑った。

自分でさえこんな騒ぎなのだ。進さんはもっとすごいことになっているんだろうなあ。とセナは考える。
なんといっても王城ホワイトナイトのエースだ。かっこいいし、頭もいいし、女の子ならきっと誰もが憧れるひとだ。
幸か不幸か、朝からのチョコレート攻勢にあまりに強烈だったために、進が同じ目にあっているところを想像しても、落ち込むことはなかった。
むしろ女の子相手にトライデントタックルを発動していないといいけど、などと妙な心配をしまったくらいで。
ただ、早くあいたいなあと。それだけを思った。

 

 

「いつまで食ってんだ糞デブ!テメーラもう部活ははじまってンだ、さっさとグラウンドに行けー!!」

マシンガンに追い立てられて部活が始まってしまうと、いつもより華やかなギャラリーが多いことを除いては、ほぼ日常に戻った感じだった。
練習中にチョコを持ってきた女の子たちには、まもりと鈴音が対応した。
いつも通りのメニューをこなしているうちに、セナは今日の出来事を忘れ、無心になって練習に打ち込んだ。

・・・つもりだったが。

「よーし、今日は終わりだ」

待ちに待った部活終了の合図に、いそいそと部室に戻ろうとしたセナの襟首を、悪魔の手がひっつかんだ。

「そんなにあわててどこへ行くんだ?糞チビ」
「ぐっ・・・ぐるじい〜〜」

細腕一本で軽々と吊られ、セナは首を抑えてじたばたと空を蹴った。

「練習中ずいぶん浮かれてたじゃねぇか。アァ?」
「ぞぞんなごとないでずぅぅ〜〜〜」

ヒル魔は必死に暴れるセナをぱっと離し、へたり込んだ腰にすばやく鉄製の鎖を結びつけた。
頑丈な鎖の先にいるのは・・・。

ガルルルル・・・・

「テメーだけ特別メニューだ!ケルベロスがOKだすまでランニング!」
「ひぃぃぃぃ〜〜〜」

 

 

 

そんなわけで、ヒル魔いやケルベロスにみっちりと扱かれた後、よろよろと部室に戻ってきた頃には、もう9時を回っていた。

(うわぁん、どうしよう〜〜)

主将である進の部活終了時間がわからないために、部活が終わったら連絡を取り合うことにはなっていたが、まさかセナのほうがこんなに遅くなるとは思っていなかった。
進と会う日にヒル魔に感づかれて練習時間を延ばされるのは、これが初めてのことではない。
また進の方も、練習や打ち合わせが長引いて遅くなることが多々あった。
会う予定でも会えない日はあるし、進も今日が特別な日だとはおもっていないだろうから、

(今日はもう、会えないかなあ)

すでにがっかりしながら携帯を開くと、着信が何件かと、メールが一通きていた。
着信を開くと、案の定、すべて進からだった。

(うう、進さんごめんなさい〜〜)

メールを開くと、やはり進からで、一言。

『校門で待っている』

え、と目を疑った。校門って、泥門の校門にいるということだろうか。一体いつから!?
校門はさっきケルベロスに引きずられて通った。だが記憶が朦朧としていて、誰か立っていたかどうかなんて覚えていない。

セナは大急ぎで着替えを済ませると、ランニングの時よりも全速力で校門に走った。
走って走って、校門にたどりついて、その傍らにたたずむ白い制服姿のそのひとを目にするなり、へなへなとくずおれた。

「オフシーズンでも鍛錬を怠らないとは、感心なことだな小早川」
「うう・・・進さん・・・」

怒った様子もなく手を差し伸べる進に、もう言い訳する気力もなく、ただ遅くなったことを詫びながらも、その手を取って立ち上がった。
大きな手はとても暖かく感じられた。

 

 

「今日は遅くなっちゃったから・・・もう会えないかとおもっていました」

毎朝一緒にランニングしていることだし、あまりに時間が遅くなった時には、進は無理に会おうとは言わなかった。
そう言うと、進は本来ならばそうすべきなのだがな、とかばんの中から何かを取り出した。

「今日はこれを渡そうとおもってな」
「え・・・?」

差し出された白い箱に、セナの目がまんまるになった。

「甘いものは好きだろう」
「え・・・進さんから、僕に、ですか?」

高級そうな、横文字のロゴがはいった箱を受け取りながら思わずきいてしまった言葉に他意はないが、それを聞いた進の眉根がはっきりと寄った。

「俺からではまずいのか」
「いやいやいやっ、すっごく、すっごく嬉しいです!!」

言い訳みたいだけれど嬉しいのは本当だ。
ただ進からバレンタインのチョコレートなんて、夢にもおもっていなかっただけで。
セナの必死の弁明に愁眉を開いた進は、ふと真顔になって立ち止まった。

「おまえが好きだ、小早川セナ」

セナを正面から見つめて、静かに告げる進の言葉が届いたとき、心にじわじわと暖かいものがこみ上げてきた。
暖かいけれど涙が出るような、こんな気持ちになるのは、目の前にいるこの人にだけ。

「僕も、進さんのことが大好きです」

幸せなのになぜか泣きそうになりながら、セナは進に告白した。

 

 

改めてこの人が好きだ、とおもったら、別れがたくなってしまった。
進が好きで、ぎゅーっと抱きついたり、キスしたり・・・その、いろいろしたいのに、こんな道端では何もできない。
悔やんでも仕方がないが、何で今日にかぎってもっと早くに帰れなかったんだろう、と考えていたら、家に向かう足がどんどん遅くなっていく。
いつもはセナよりはるかに速いペースで歩く進は、なぜか何も言わずにセナのペースに合わせてゆっくり歩いていた。
とうとう足が止まってしまった時、進は突然沈黙を破った。

「俺の家に来ないか」

突然の申し出に、セナはええっ、と自分の半歩前で止まった進を仰ぎ見た。

「あ、あの、でも、もうこんな時間・・・」

進の家につく頃には10時近くだ。いきなり人の家をたずねていい時間ではない。
とまどうセナに、進はさらに驚く言葉を続けた。

「両親にはもう言ってある」
「えええっ!?」

ということは、この人は前から自分を泊めるつもりでいたってことで、つまり家に来ないかっていうのはお誘いじゃなくて確認ってことで、今日誘ったのはバレンタインのチョコを渡して泊めるつもりだったってことで、というかバレンタインデーに泊まりに来るとかご両親は不審におもわないんだろうか・・・。

イベントとは縁遠いと思っていた進の、信じられない周到さに、思わずぐるぐる考えてしまったセナだったが、

「今日はお前に会ったら、帰せなくなるとおもったからな・・・それに、チョコレートを幸せそうに食べるおまえの顔が見たい」

まるでそれを今目にしているように、頬を緩ませて見つめる進に、抗えるはずがなかった。

 

 

「・・・あのう、でも、寝る前にチョコレート食べるんですか・・・?」
「摂取したカロリーは朝までに消費させてやる。心配しなくていい」

 

 

おわり♪

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