「いよいよ明日だな〜っ」 部活後の帰り道、隣を歩いていたモン太のうきうきとした様子に、セナは明日何かあったかな?首をかしげた。 「ええと、明日何かあったっけ?」 素直にたずねると、モン太は「何いってるんだよーっ」と頭をかきむしった。 「明日は待ちに待ったバレンタインだろおっ!?たくさんのかわいい女の子からチョコもらって告白される大事な日じゃねーか! いやいやもちろん告白されても俺はまもりさん一筋だけどな。でもチョコだけはもらってあげないと可哀想だよな? (そうかぁ、バレンタインデーかぁ) 明日は部活後に進と会う約束をしていた。イベントに全く無頓着な進がバレンタインを意識して誘ったとはとても思えないので偶然だろうが、進と会えるというだけで、明日は特別な日になりそうな気がした。
そしてバレンタイン当日。
校門から足を一歩踏み入れた瞬間、盤戸戦の後の学校での騒ぎを再現しているのかと思った。 「小早川くーん」 知らない女の子からチョコをもらう、それは想像だにしなかったけれどうれしいことのはずだった。 「助けて〜〜〜!!」 頭の中がまっしろになった状態で、セナはひたすら女子の群れの間をすり抜け続け、わけもわからず本能で逃げ続けた。 ようやくたどり着いた下駄箱の中には上履きが見えないほど箱や包みがつめこまれていて。 「・・・もうイヤだぁぁ・・・」 もらったら嬉しいはずのチョコが、トラウマになりそうだ。 「おつかれさん」 頭に置かれたのは、ピンクの小さな包みだった。 「これ私から。てゆっても、チョコはもういらないって顔ね」 朝にまもりからも弁当と一緒にチョコをもらったし、この二人からのチョコなら怖くない。 「セナ大丈夫?みんなの分はそれぞれにダンボールに分けて入れてあるけれど、もし食べきれなくて困るようなら、チョコは栗田君と小結君がひきとってくれるって」 応援してくれるのはとても嬉しいことだけれど、これだけのチョコを全部食べるのは現実的に不可能だ。助かった〜とほっと胸をなでおろすセナにまもりは、「包みをあけて、手紙だけまとめて渡すね」とにっこり笑った。 自分でさえこんな騒ぎなのだ。進さんはもっとすごいことになっているんだろうなあ。とセナは考える。
「いつまで食ってんだ糞デブ!テメーラもう部活ははじまってンだ、さっさとグラウンドに行けー!!」 マシンガンに追い立てられて部活が始まってしまうと、いつもより華やかなギャラリーが多いことを除いては、ほぼ日常に戻った感じだった。 ・・・つもりだったが。 「よーし、今日は終わりだ」 待ちに待った部活終了の合図に、いそいそと部室に戻ろうとしたセナの襟首を、悪魔の手がひっつかんだ。 「そんなにあわててどこへ行くんだ?糞チビ」 細腕一本で軽々と吊られ、セナは首を抑えてじたばたと空を蹴った。 「練習中ずいぶん浮かれてたじゃねぇか。アァ?」 ヒル魔は必死に暴れるセナをぱっと離し、へたり込んだ腰にすばやく鉄製の鎖を結びつけた。 ガルルルル・・・・ 「テメーだけ特別メニューだ!ケルベロスがOKだすまでランニング!」
そんなわけで、ヒル魔いやケルベロスにみっちりと扱かれた後、よろよろと部室に戻ってきた頃には、もう9時を回っていた。 (うわぁん、どうしよう〜〜) 主将である進の部活終了時間がわからないために、部活が終わったら連絡を取り合うことにはなっていたが、まさかセナのほうがこんなに遅くなるとは思っていなかった。 (今日はもう、会えないかなあ) すでにがっかりしながら携帯を開くと、着信が何件かと、メールが一通きていた。 (うう、進さんごめんなさい〜〜) メールを開くと、やはり進からで、一言。 『校門で待っている』 え、と目を疑った。校門って、泥門の校門にいるということだろうか。一体いつから!? セナは大急ぎで着替えを済ませると、ランニングの時よりも全速力で校門に走った。 「オフシーズンでも鍛錬を怠らないとは、感心なことだな小早川」 怒った様子もなく手を差し伸べる進に、もう言い訳する気力もなく、ただ遅くなったことを詫びながらも、その手を取って立ち上がった。
「今日は遅くなっちゃったから・・・もう会えないかとおもっていました」 毎朝一緒にランニングしていることだし、あまりに時間が遅くなった時には、進は無理に会おうとは言わなかった。 「今日はこれを渡そうとおもってな」 差し出された白い箱に、セナの目がまんまるになった。 「甘いものは好きだろう」 高級そうな、横文字のロゴがはいった箱を受け取りながら思わずきいてしまった言葉に他意はないが、それを聞いた進の眉根がはっきりと寄った。 「俺からではまずいのか」 言い訳みたいだけれど嬉しいのは本当だ。 「おまえが好きだ、小早川セナ」 セナを正面から見つめて、静かに告げる進の言葉が届いたとき、心にじわじわと暖かいものがこみ上げてきた。 「僕も、進さんのことが大好きです」 幸せなのになぜか泣きそうになりながら、セナは進に告白した。
改めてこの人が好きだ、とおもったら、別れがたくなってしまった。 「俺の家に来ないか」 突然の申し出に、セナはええっ、と自分の半歩前で止まった進を仰ぎ見た。 「あ、あの、でも、もうこんな時間・・・」 進の家につく頃には10時近くだ。いきなり人の家をたずねていい時間ではない。 「両親にはもう言ってある」 ということは、この人は前から自分を泊めるつもりでいたってことで、つまり家に来ないかっていうのはお誘いじゃなくて確認ってことで、今日誘ったのはバレンタインのチョコを渡して泊めるつもりだったってことで、というかバレンタインデーに泊まりに来るとかご両親は不審におもわないんだろうか・・・。 イベントとは縁遠いと思っていた進の、信じられない周到さに、思わずぐるぐる考えてしまったセナだったが、 「今日はお前に会ったら、帰せなくなるとおもったからな・・・それに、チョコレートを幸せそうに食べるおまえの顔が見たい」 まるでそれを今目にしているように、頬を緩ませて見つめる進に、抗えるはずがなかった。
「・・・あのう、でも、寝る前にチョコレート食べるんですか・・・?」
おわり♪ |