クリスマス
1 ここは風の谷、翼を広げたペガサスが描かれた三角旗がはためくシルフ王城。 夜通し降り続いていた雪は朝には止んで、晴れ渡った青空に輝く太陽が、 一晩にしてできあがった銀世界にキラキラと降り注いでいた。 シルフ王家の二粒の宝石の片割れ、炎の風の王子エアは、厚手のセーターに素足に革靴といった格好で、 白い息を吐きながら、雪帽子をかぶったモミの木の枝を見上げていた。 オフホワイトのウールのセーターを着た背には、朝焼け色の髪が、きらめく滝のように流れている。 髪と同じ色の瞳は、モミの枝についた灌木が映していた。 「エア、こんなところにいたのか」 自分の体の一部のように馴染んだ声に、エアは振り向いた。 そこにはエアとほぼ同じような格好をした、アクアブルーの髪と瞳の、最愛の双子の兄がいた。 「ジル」 「そんな格好で外にいたら、風邪ひくよ」 自分だって同じ格好のくせに、と口をとがらせると、僕は靴下くらいははいてきたよと反論された。 「おや、ヤドリギだね。白い実をつけてる」 ジルは美しい白い手で半透明の実をひとつもぎとると、エアにうやうやしく差し出した。 「キスしてもいい?」 ヤドリギの下では誰にキスしてもいいというクリスマスでの言い伝えがある。 エアは頷くと、目を閉じた。 外気で冷えた唇が自分の唇に触れた瞬間、ビリっと電気に触れたような痛みが走った。 おそらくジルも同じ痛みを感じただろう。エアは唇を離されるのが怖くて、夢中で抱きついた。 身体じゅうに痛みが走るのも構わず、深く唇を重ねあわせる。 エアの無言の懇願に、ジルもためらいを捨てて、エアをきつく抱きしめる。 痛みに逆らうように舌を絡め、口腔をまさぐり、唾液を啜った。 キスしていいかなんて、ついこの間までは、尋ねる必要はなかった。 そうしたいと思うより先に、触れ合っていた。 だけど、数か月前から二人が持つ真逆の属性が反発するようになって、 触れる度に感じる痛みが日増しに強くなっていくと、伸びてくる手に無意識に身構えるようになった。 相手に痛みしか与えられないとわかれば、触れることにもためらいが生まれる。 必然的に、触れ合う回数は少なくなった。 だけど、ジルと触れ合えないのは、この痛みよりもずっとつらい。 いつか触れることすらできなくなるのではないかという想像は、それよりももっと耐え難かった。 「エア…」 苦しげなジルの声が、耳元で聞こえる。 愛しい片割れの声を間近で聞きながら、今年が最後かもしれない、とエアは思った。 もう二度と、こんな風に二人で過ごせるクリスマスはやってこないのかもしれない。 「キスだけじゃ嫌だ。今夜はずっと一緒にいてくれよ」 「いいよ。その代わり、明日の朝まで寝かせないよ?」 懇願するエアの目から零れ落ちる涙を、ジルはそっと吸い取った。
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