千夜一夜
「星は、太陽が地面にぶつかって粉々になったものなのだそうですよ」
ラクダに揺られながら、直江がふとそんなことを言った。 どれくらい進んだのか、王宮はもはや見えなくなっていた。 ラクダのシェーラとドンヤは高耶よりもよほど聞き分けがよかった。それぞれの背に二人をのせると、王宮の外へと彼らを運んだ。 先刻までの行為で身体は重かったが、頬に当たる外気と満天の星々に囲まれているうちに不機嫌は霧散してしまった――もっとも来てよかったなどとは、この男の前では口が裂けても言わないが。 都市を繋ぐ道路を外れて、あてもなくラクダに揺られていると、これが夢か現実かわからなくなってくる。あるいは道路もパイプラインも、ウバールという国も、海のむこうのイギリスも――すべては夢で、自分達は今、「幸福のアラビア」と呼ばれるあの伝説の時代に迷いこんでしまったのではないか。 (夜の砂漠なんて見慣れているはずなのに) なぜ目にする度にこれほど魅せられてしまうのだろう。
すこし歩きませんか、という直江の提案で、二人はラクダを降りて歩き出した。シェーラ達は手綱をひかずとも後をついてくる。 外に出てから、二人の間に交わされた言葉はほとんどなかった。居心地の悪い沈黙ではなかった。黙々と歩を進めながら、ただなんとなく、相手もおなじことを考えているだろうなとぼんやりと感じていた。 足に触れる砂のひんやりとした感触が心地よかった。だがやはり行為の名残が抜けきっていないのか、深く沈む砂に足を取られた。バランスを崩した高耶の腕を直江が捕える。 「危なっかしいひとですね」 その場に座らせ、自分もまたその隣に腰を降ろしながら直江は呟くように言った。 「誰よりも強いようでいて、そのくせどこでつまずくかわからない。本人に自覚がないから、よけいに目が離せない」 「無用心なのはおまえの方じゃないのか」 高耶は鼻で笑って直江を掬い見る。 「供もつれずにこんなところに来て。オレの仕事を忘れたのか」 「イギリスの情報部員でしょう」 その表情が微妙に変化する。闇色の瞳がいっそう昏く輝いた。 「違う。殺し屋だ」 いつのまにか手にした短刀に、直江の目が見開かれる。 ザクッ―― 星明りを受けて青光りする切っ先が、直江めがけて降り下ろされた。
「そんなんでよく今まで生きてこれたな」 砂に手をついてた直江のすぐ横に、サソリが真っ二つになって転がっていた。 「私は悪運が強いんですよ」 直江は涼しい表情でそう言うと、高耶を砂の上に押し倒した。 「…おまえ、全然こりてないな」 「サソリよりも物騒な相手と毎日寝ていますから」 返す憎まれ口はくちづけに封じられた。男の熱い舌が歯列を割って侵入してくる。 「…っ…ンゥ…」 滑らかな舌の動きに合わせて直江が腰を揺らす度、高耶はくぐもった声を漏らす。 「飲んで…あなたも出して…」 「フ…ンンッ…」 お互いの欲望を飲み干すと、直江は体位を入れ替えて覆い被さった。高耶の 「ハァッ、アッ、ァン、ァアンッ…!」 荒々しく突き上げられ、高耶は抵抗する術もなく喘がされる。熱と快感で潤んだ目には 「ァ…ィイッ…な…おえ…ッ」 「ならずっとここにいなさい…この星空も、この砂漠も、そしてこの快楽も…すべて 荒い息の合間に直江が囁く。
おわり
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