千夜一夜

 

 

「星は、太陽が地面にぶつかって粉々になったものなのだそうですよ」

 

ラクダに揺られながら、直江がふとそんなことを言った。
夜の砂漠は魂を吸いこまれそうで怖い。冷えた砂は闇に沈み、夜空に散りばめられた無数の星は、それこそ降ってきそうな近さで瞬いている。あるのは星とその向こうに無限に広がる暗闇だけ。もしひとりだったら、広い世界に自分だけ取り残された気分になっただろう。

どれくらい進んだのか、王宮はもはや見えなくなっていた。
夜半の礼拝を終えた直江は、寝室に戻るなり疲れて眠っていた高耶を起こして遠乗りに誘った――いや、誘ったというより嫌がるのを無理矢理連れ出したという方が正しいが。

ラクダのシェーラとドンヤは高耶よりもよほど聞き分けがよかった。それぞれの背に二人をのせると、王宮の外へと彼らを運んだ。
砂漠の夜はやはり冷える。出がけに直江に羽織らされた毛織物の上着は高耶にはすこし大きめだったが、 突き刺すような冷気から高耶を守っていた。

先刻までの行為で身体は重かったが、頬に当たる外気と満天の星々に囲まれているうちに不機嫌は霧散してしまった――もっとも来てよかったなどとは、この男の前では口が裂けても言わないが。

都市を繋ぐ道路を外れて、あてもなくラクダに揺られていると、これが夢か現実かわからなくなってくる。あるいは道路もパイプラインも、ウバールという国も、海のむこうのイギリスも――すべては夢で、自分達は今、「幸福のアラビア」と呼ばれるあの伝説の時代に迷いこんでしまったのではないか。

(夜の砂漠なんて見慣れているはずなのに)

なぜ目にする度にこれほど魅せられてしまうのだろう。

 

すこし歩きませんか、という直江の提案で、二人はラクダを降りて歩き出した。シェーラ達は手綱をひかずとも後をついてくる。

外に出てから、二人の間に交わされた言葉はほとんどなかった。居心地の悪い沈黙ではなかった。黙々と歩を進めながら、ただなんとなく、相手もおなじことを考えているだろうなとぼんやりと感じていた。

足に触れる砂のひんやりとした感触が心地よかった。だがやはり行為の名残が抜けきっていないのか、深く沈む砂に足を取られた。バランスを崩した高耶の腕を直江が捕える。

「危なっかしいひとですね」

その場に座らせ、自分もまたその隣に腰を降ろしながら直江は呟くように言った。

「誰よりも強いようでいて、そのくせどこでつまずくかわからない。本人に自覚がないから、よけいに目が離せない」

「無用心なのはおまえの方じゃないのか」

高耶は鼻で笑って直江を掬い見る。

「供もつれずにこんなところに来て。オレの仕事を忘れたのか」

「イギリスの情報部員でしょう」

その表情が微妙に変化する。闇色の瞳がいっそう昏く輝いた。

「違う。殺し屋だ」

いつのまにか手にした短刀に、直江の目が見開かれる。

ザクッ――

星明りを受けて青光りする切っ先が、直江めがけて降り下ろされた。

 

 

「そんなんでよく今まで生きてこれたな」

砂に手をついてた直江のすぐ横に、サソリが真っ二つになって転がっていた。

「私は悪運が強いんですよ」

直江は涼しい表情でそう言うと、高耶を砂の上に押し倒した。

「…おまえ、全然こりてないな」

「サソリよりも物騒な相手と毎日寝ていますから」

返す憎まれ口はくちづけに封じられた。男の熱い舌が歯列を割って侵入してくる。
不埒な手が長衣の裾をたくし上げ、内腿を這う。ひやりとした砂の上で直江の
体温が心地よかった。耳の後ろを吸われ、厚い掌に自身を包みこまれて高耶は
甘い吐息を漏らした。上着をシーツがわりに長衣をはぎとる。すでに固くなっている
胸の葡萄粒の片方を口に含み、もう片方を指で転がした。あえかな嬌声とともに
高耶は身を捩らせる。星明りの下であますところなくさらされた痴態に
直江の喉が鳴った。自らも服を脱ぎ捨て、高耶の身体に逆向きに覆い被さる。
すでに固くなっている自身を高耶の口腔に含ませ、同じく勃ちあがって先走りを
滲ませている高耶の分身を口に含んだ。

「…っ…ンゥ…」

滑らかな舌の動きに合わせて直江が腰を揺らす度、高耶はくぐもった声を漏らす。
直江の愛撫にあわせて高耶の腰も淫らに揺れた。

「飲んで…あなたも出して…」

「フ…ンンッ…」

お互いの欲望を飲み干すと、直江は体位を入れ替えて覆い被さった。高耶の
口端についた自分の精を舐め取り、そのまま唇を重ねる。舌先に感じる二人分の
精液の味に高耶は眉をひそめた。 口腔を犯されながら身体の奥を長い指でまさぐられ、
膝頭が胸につくほど掲げられたと思うと、すぐに熱と硬度をとりもどした楔をねじ込まれた。

「ハァッ、アッ、ァン、ァアンッ…!」

荒々しく突き上げられ、高耶は抵抗する術もなく喘がされる。熱と快感で潤んだ目には
アラビアの星空。揺さぶられながら、この夜空に抱かれているような気がしてくる。
自分のこのあさましい姿を全て見られている――そんな羞恥と快感に高耶は奔放に
腰を振る。

「ァ…ィイッ…な…おえ…ッ」

「ならずっとここにいなさい…この星空も、この砂漠も、そしてこの快楽も…すべて
あなたにあげるから」

荒い息の合間に直江が囁く。
砂の上で絡み合う二つの裸体は、いつまでも寒さを感じる事はなかった。

 

おわり

アサシン部屋へ