The Terrorist

最終話

 

「バカか、おまえは」

ダブリン市内の病院で、直江が聞いた第一声がこれだった。
庭へと駆け込んできた高耶を無我夢中で抱き込み、いくつかの
瓦礫が頭や背中を直撃したのは覚えているが、どうやらそれきり
気絶してしまったようだ。

全身を包帯でぐるぐる巻きにされた直江は、ベッドから起き上がることも
できぬまま、目にたっぷりと非難を込めて高耶を見た。

曰く、それが命の恩人に対する言葉か、と。

「肋骨4本、脇腹と両手に刺し傷、打撲裂傷無数――おまけに背骨を
傷つけて一歩間違えば半身不随だろ。一体何を考えているんだか」

ベッドの端に腰掛け、足を組んでいる高耶の表情はこの上なく冷ややかだ。
しかしこいつにだけは意地でも悟らせまいとしている内心は、実は穏かでは
なかった。

穴のあいた両掌、脇腹の刺し傷、背中にある無数の裂傷――これらの
傷は全て高耶をかばって負ったものだ。オレの知った事かと喚きた
かったが、他でもない高耶自身が、そのことを認めてしまっている。

この世で最も憎悪する相手に無条件でかばわれてしまったことに、
高耶は自分をこそ殺してやりたい気分だった。おかげで居心地悪いこと
この上ない。

しかし身体中を痛めている直江は、幸か不幸か、そんな高耶の動揺に
気づかない。あまりな高耶の言い草にむっとして言い返した。

「そう言うあなたはどうなんです?ドジ踏んでつかまりかける。
警戒体勢の中を一人で飛び込んでいく。退路もどうせ行きあたりばったり
だったのでしょう。それでよくプロなんて言えますね」

高耶だってもちろん無傷ではない。一見左腕を吊って、頬にガーゼを
あてているだけに見えるが、黒のハイネックのシャツの下やズボンに隠れた
足にはそこここに包帯が巻かれているはずだ。

痛いところを突かれて睨み返す高耶に、直江はさらに意地悪く追い打ちを
かけた。

「わたしがいなかったらどうなっていたと思います?――確かあなたは
借りをつくるのが大嫌いでしたよね…?」

暗に見返りを要求して来た直江に、高耶は心の底で安堵を覚える。
そう、いつもの直江だ。それでいい。
今さら、得られるはずのないぬくもりなど追わせないでほしい。
自分は今のままで十分生きていけるのだから。

「・・・わかった。なら今、借りを返してやる」

高耶は不遜にそう言うと、口端を吊り上げた。
動けない直江の上に覆い被さり、唇で唇を塞いだ。驚く直江に構わず、
2,3度啄ばむように触れてから深く唇を重ねてきた。歯列を舐め上げ、
舌を絡ませ、唾液を交換する。熱い吐息の合間に聞える濡れた音が
二人きりの室内を満たした。

 

「・・・高耶さん」

ようやく唇を離した後、直江は低い声で高耶を呼んだ。
欲情に濡れた目で恨めしそうに高耶を見上げる。

「私は今、指一本動かせない状態なんですが…」
「そりゃあ残念だったな」

高耶は小憎らしい表情でせせら笑った。当然、直江の「今の状態」を
知っての上だからたちが悪い。

「寝たきりでもそれだけ元気なら大丈夫だろ。あのおばちゃん
看護婦にでもヌいてもらえば?」

重傷を負っていても元気な「そのあたり」を上掛けの上から弾くと、
じゃあな、と軽く手を上げて病室を出て行った。

後に残された直江は呆然とドアを見つめていたが、やがていつもの
不敵な笑みを口端に浮かべると、

「次に会う日を…楽しみにしていてくださいね、高耶さん」

やけに静かな声で宣言したのだった。

 

通りに出ていくらも歩かないうちに、白いものが視界をよぎった。
もうひとつ。

「あ・・・」

雪だ。
見上げると空いっぱいに雪が舞っている。レースのような白い
破片は高耶の顔に舞い降りると、心地よい冷たさを伝えて溶けた。
どうりで寒いはずだ。この調子ではおそらく積もるだろう。

通りに面した家の2階の窓から、子供が目を輝かせて夜空を
見ている。開けた窓の向こうには、色とりどりの電球で輝く
クリスマスツリーが見えた。

「・・・そういや、今日はクリスマスだったな」

誰にともなく、高耶は呟く。
クリスマスディナーも共に祝う家族も今はもういないけれど。

雪が降る。聖なる夜を祝福するように。すべての汚れと罪を
覆い隠すように。 人気のない街を歩く高耶の上にも。
暖かい明かりの灯る軒先にも。直江がいる病院にも。
街全体に雪は降る。

全てを白いヴェールに包み込み、この夜の雪はアイルランド
全体を銀世界に変えていった。

<おわり>

アサシン部屋へ


そう、これはクリスマスの話、だったのです・・・しーん。
イブに終わるはずだったのに〜〜〜しくしくしく(T_T)

ともあれ、ここまで読んで下さったみなさま、
特に感想下さった方々!スペシャルさんくすです〜(>_<)
ひとりじゃぜってー終わらなかったもの。
まだ続くみたいなんですが(笑)、よろしくです〜♪