戦場のHappy Birthday 第九話

 

 

 

 

07. 21. 01:30 A.M.


「・・・う・・・」


冷たい、ごつごつとした地面の感触で、高耶は意識を取り戻した。
水滴が突然頬を打って驚かせる。だが目を開けてもひろがっているのは闇だけだった。
(どこだ…ここは)
自分は織田のアジトで闘っていたはずだ。手ごたえのない怨霊たちのただ力任せの攻撃を
護身波で受け止め、弾き返したその時…それまで確かだった空間がぐにゃりと歪んだ。
潰される、とおもったその瞬間から今まで、記憶がない。つまりは織田の罠にまんまと
かかってしまったということか。 真っ暗闇で前も後ろもわからない。床についた手のひらから、しっとりと濡れた、
滑らかな襞のような感触が伝わってくる。まるで鍾乳洞のような―― 高耶の目前でぽっ、と火が現れた。
何もないところから現れた火は、鬼火のようにゆらゆらと行く手を照らす。
洞の大きさは高耶が座って天井すれすれくらいだ。
高耶は四つん這いになって前進を
はじめた。 ここでは立つこともかなわない。横幅も両腕を伸ばして届く程度。
鬼八の力のおかげで一寸先も見えない闇の中を進むはめにはおちいらずにすんだものの、
前後に伸びる洞はどこに通じているかもわからない。人はおろか霊や思念すら感じられない
せまい洞は、想像をはるかにこえる閉塞感で高耶の神経を蝕んでいく。 出口に向かっているかを知る術はない。それどころか、出口があるかどうかすらわからない。
(それが狙いか) 狭い洞窟の中で高耶を狂わせようというのか。こうして無様に這う様子を、どこかで信長が
笑ってみているのだろうか。 「ッ」 ふいに額に冷たいものが当たって、高耶の身体が硬直する。ただの水滴とわかって
いつのまにか神経過敏になっている自分に苦笑する。出口がわからないまま
進むのはやはりいい心地はしない。 パタリ、と今度は手の甲に水滴が落ちた。高耶ははっとして動きを止める。火が照らすより
はるか前方に目をこらし、全神経をとぎすませる。 何かがいる。 遠くから感じる、ごそごそと動きまわる生き物の気配。それも一匹ではない。
それらは確実にこちらに向かってくる。
近づいてくるにつれ、それが小動物で、聞き覚えのある鳴き声をもっていることが
わかる。その数がハンパではないことも。 まるで何かに追い立てられるように、距離をつめてくる――ネズミだ。 この洞では彼らをやり過ごす広さはない。見えなくても、近づいてくる勢いと鳴き声で
相当気が立っているのがわかる。いくら小さくとも大群で襲われ、齧られれば死ぬことも
ある。 ネズミの群れはあっというまにすぐ近くまでやってきた。炎が轟音を上げて群れを包みこむ。
手応えと思ったより大きな断末魔の声が上がった。恐慌状態に陥っているのか、襲ってくる
群れは、炎に巻かれても前進をやめない。そのうちこの洞を塞いでしまうのではないかと
おもった。火だるまになったネズミが高耶の手首に歯を立てる。熱さは感じなかったが
鋭い痛みが右手に走った。もう一匹が首を這う。念で弾き飛ばして護身波を張った。 ようやく静寂が戻ってきたときには、高耶はすでにかなりの体力と神経を消耗していた。
肉が焼け焦げる、嫌な匂い。延々と続く、やわらかいネズミの死骸の山の上を這っていく。
鬼火がようやく死骸の山の終わりを告げ、なおもしばらく進みつづけると、洞に変化が
現れた。 行く手にひとつ。来た道とY字をつくるように右手にひとつ。分かれ道だ。 (どれが出口に通じる道か) 行く手の道を照らし、続いてY字の道を見ようとした、その時―― 突然、暗闇から伸びてきた手が高耶を掴んだ。

 

<つづく>

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ネズミの大群よりフェレットの大群のが絶対コワイ…(^^;)
それこそ複数に齧られたらショック死するね。