蓮鼓

その4


『蓮鼓』 は日舞の家元の家に生まれた兄弟の話である。努力家で物静かな
兄と、稽古が嫌いで度々さぼっては叱られている弟。二人はとても仲が
よかったが、兄は弟の才能に次第に脅かされていく。

いつでも優しかった、尊敬する兄の態度が変わっていくにつれて、弟は前にも
増して稽古をさぼるようになった。だがある日、たまたま早く目覚めた弟は家の
近くの蓮池で、無数の蓮の蕾が微かな音と共に花開くのを聞き、見よう見真似の
舞を舞った。それは兄が今度のお披露目で舞うはずの舞だった。

――なぜ、おまえがその舞を舞うんだ…!俺より後に生まれて、俺より努力して
いないおまえが、なぜそんな風に舞える!?

――くるしい…兄さん…!

――皆に愛され、思うままに生きて、その上俺から次期家元の座まで奪う気か!
父にも母にも、おまえの半分も愛されないこの俺が、唯一生きる理由としてしがみ
ついているこの地位まで、おまえはそうして奪い取るのか…!

――何を言っているのかわからない…今度のお披露目で、あんたは立派な次期
家元じゃないか。親父だってお弟子さんたちだって皆兄さんに期待している。
誰もオレなんか見向きもしない。

――それはまだおまえの才能に気づいていないからだ。本気で真剣に舞う
おまえを見ていないからだ。だが親父や叔父は気づいている。誰もが気づく前に
いっそ――おまえを殺してやろうか。俺が血を吐く思いで求めた動きを、ただ
気まぐれに舞うだけで手にしてしまえるおまえを、そのひと差しで俺の存在を
無意味なものにしてしまえるおまえを、 この手で――

 

「――なぜ泣くんだ」

いつからそこにいたのか、音もなく開かれていた障子の側に、響生が立っていた。
出ていった時と同じ紺の着物姿だったが、まだわずかに湿った髪が色白の頬に
はりついていた。 ケイはぼろぼろと涙を零したまま、見開いた目を響生に向けた。
だって、と潤んだ 黒い瞳で響生に訴える。

「弟がかわいそうだ。確かに皆に好かれていたかもしれない。でもこいつは
兄貴の ことが大好きだったんだ。兄貴さえ優しくしてくれれば他に何も
いらなかったのに… わけもわからず殺されるなんてあんまりだ…」

響生の表情がわずかにくもる。兄が響生の苦脳を代弁しているのはわかる。
主人公の年に似合わぬ沈着冷静さの仮面の下に秘めた炎のような激情と
弟かあるいは弟の才能に対する執着も、ケイには理解し難いが、生々しく
「伝わって」くる。だが――

「あんたの作品はいつも苦しくて…痛いんだ」

血を流している響生の心を感じるから。足掻きながら、救われることを切望
しながら一方で、安易に差し述べられる手を拒んでいる。涙を流しつづける
ケイをどうおもったのか、響生はケイの前に膝をつくと、目尻に溢れる涙を
そっとぬぐった。主人公たちの悲嘆が伝染ってしまったのか、なかなか涙の
とまらないケイを連城はあやすように抱きしめた。

「あの話はまだ完結していない…おまえならどうする」
「連城…?」

母親に抱かれた赤ん坊のように響生の胸に顔を埋めていたケイは、おもっても
みなかった問いに顔を上げた。

「おまえはどうしてほしい。おまえならあの兄弟を救えるか」

ケイは考えた。行きつく所まで行きついてしまった二人。離れられないなら
死しか道はないのではないか。だが死が救いなどとはケイには到底思えない。

「わからない。けど…」

答えを待つ響生の瞳を見つめてケイは言う。

「あの兄貴があんただったら、オレが助けたいと思う」

「弟」ではなく「兄」を。
その言葉に響生は驚いて目を見開き――次の瞬間冷えた表情になった。

「同情か」
「違う!」

拒絶を孕んだ問いをケイは即座に否定した。この男はまったく難しい。自分に
救いを求めるくせに、哀れみや同情の匂いがするものは一切はねつけるのだ。

「あんたはそうやって拒絶するじゃないか。あの兄貴だって。弟の気持ちより
そんなに才能が大事なのか!?どうせオレにはわかんねぇよ! 」
「ケイ…ッ」
「演じているオレだけが必要なのかよ。オレ自身はいらないのか!?こんなただの
ガキ、本当なら鼻もひっかけなかっただろ・・・っ 」

自分でも何を口走っているのかわからない。だが言い募るうちに悔しさで胸が
いっぱいになった。
響生は呆然とケイを見ている。ケイはいたたまれなくなって響生の腕から飛び
出した。

「待ちなさいケイ!」
「嫌だっ離せよ…!」

だが廊下を数歩も行かないうちにふたたび逞しい腕に捕えられてしまった。
憎らしいほど頑丈な胸板を叩いて抵抗する。

「ケイ…ケイ…」
「離せっ…帰る――ッ」

抗議する口を唇で塞がれた。やや厚みのある下唇を軽く噛まれ、角度を変えて
何度もくちづけられる。 熱い舌が進入してケイの舌を捕え、そのまま激しく
貪られた。

「ケイ…演じてくれなくてもいい。だから、そばにいてくれ…」
「・・・ふ・・・」
「愛しているんだ、ケイ――」

砕けた腰を支えながら、響生はかきくどく。息もできないほど唇を貪られ、
ケイの目尻から新たな涙が一筋、流れた。


ケイちゃん泣きっぱなしvvv
ま、あのストーリーで泣けるかどうかはさておき…
響生…締め切りは?(笑)

次はえっちの巻です。えへえへ。

つづく
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