In the Planetarium

 

プラネタリウムに行きませんか、と言い出したのは直江だった。
授業と試験が終わり、夏休みが来ると、高耶は占い稼業を再開した。千秋の経営する『占い館』で占い師のバイトをするかたわら、時々直江の会社へも顔を出すようになった。

「私の専属占い師になってください」

といういつかの言葉どおりに、直江は時々会社に高耶を呼んでは、仕事に関する占いを依頼した。占いが終わると一緒に昼食を食べに行く。ごちそうにまでなって支払われる見料は破格だ。店に来ればずっと安く占ってやるのに、と言ったが、直江は一回30分ばかりの独占では我慢できないらしい。

依頼がない日には直江が店に来る。週末はもちろん二人で過ごす。つまり、彼らは毎日会っている。

しかし出掛けると言ってもどこに行ってもうだるような暑さ。しかし折角の週末を毎回直江のマンションで過ごすというのも高耶には気の毒だ。第一それでは直江の理性が持たない。

「ここからそう遠くないところにありますから、夕方に出かけて最後の回を見れば、そう暑い思いをしないですむでしょう?」

直江の誘いに、高耶は否はなかった。占星術をかじっている関係上、星座には関心があったし、半円のドームいっぱいに星が映る、あの雰囲気が好きだった。

「プラネタリウムなんて、子供の頃以来だな」

高耶が呟くと、私もですよと、その表情に直江もまた幸せそうに微笑んだ。

 

そこは東京の真ん中とは思えない、こんもりとした森の中にあった。ビルの合間にぽかりと存在する緑の敷地――どうやら博物館らしい。陽が傾いて、いくぶん和らいだ熱気にほっとしながら建物の中に入る。最終の時間のせいか、はたまたプラネタリウムそのものがはやらなくなったせいか、人はまばらだった。

一番見やすい、後ろから2番目くらいの席を選ぶ。ちょうどドームがみえるように大きくリクライニングする椅子に腰掛けると、上演時間となった。灰色のドームが次第に暗くなり、星がぽつりぽつりと出始める。

『さあ、日が沈んで一番星が現れました・・・』

非常灯が消え、室内が完全に真っ暗になった時、肘掛けに置いていた手に大きな手が重ねられた。

(直江…ッ)

非難するように隣を見ても、直江は知らん顔だ。ふりはらうべきか、どうしようか迷ったが、結局手は振りほどかなかった。まるで一人で取り残されたような暗闇の中、繋がれた手から伝わるぬくもりは心地よかった。

『空の中心から少し東寄りに、ひときわ明るい星がありますね。これがべガ…アラビア語で《落ちる鷲》という意味の名前です。なぜそのような名前がついたかというと・・・』

高耶はスクリーンが映し出す人工の夜空に見入っていたが、やがて落ちつかなげに視線を泳がせると、とうとうたまらなくなって再び直江の方を向いた。

(な…んだよ、ちゃんと星みてろよ)

小声で嗜めて向き直るが、心なしか頬が熱い。直江は暗闇の中、じっと高耶を見つめていた。
上を向いていても痛いほどわかる、熱い視線で、高耶だけを。

『三角形のもうひとつの星はこのデネブ…やはりアラビア語で《尻尾》という意味です。というのは、これらの星を結んでいくと…』

男の熱い吐息を、すぐ近くに感じる。解説も、もはや意味を成さなかった。もう片方の手も捕えられ、指と指を固く絡みあわせる。ゆっくりと覆い被さる直江の重みに、椅子が微かな音を立てた。

昼の都会の中に作られた夜空の下、二人はいつになく長く深いキスをした。

 

 

「…おまえのせいで、ろくに説明聞けなかったじゃないかよ」

車の中で、高耶が文句を言った。 上映が終わってもしばらく立てなかった高耶だ。キスしている間中、濡れた音が聞えてしまうんじゃないか、押し殺した吐息を聞いている人はいないかと気が気ではなかった。それでもやめられなかったのは、あんな都会では決して見られない星空の下でのキスが、気が遠くなりそうなくらいよかったからだ。

直江も高耶が抵抗しなかったことを知っているから、一応すみませんとは言っても悪びれない。

「でも説明なんてなくてもあなたは知っているでしょう?」

「…それはそうだけど」

抗議を封じられた高耶は口篭もる。もともと文句を言いたいわけではない。ただあんな場所で自分からも舌を絡ませて求めていた自分が気恥ずかしいだけだ。

直江はくすりと笑うと、ウィンカーを出して車を止めた。

「直江?」

「夕食の前に、ちょっと空を見ていきませんか?」

車を降りると、もう夜空が広がっていた。防波堤の向こうには東京湾が広がっている。

「うーん…やっぱりろくにみえねーな」

湾岸とは言ってもけっこう明るい。人々の営みの証である街の光が、遠く離れた星の光をかき消しているかのようだ。

「あの赤い星がアンタレスですか?」

「ばか、あれは火星だ」

かろうじて見える星を指さしては当てずっぽうなことを言い、二人でくすくすと笑い合う。楽しげな直江の顔を見て、高耶はふと目を細める。

「…よかった。お前の中にはもう砂漠はないんだな」

ふいに改まった表情でそう言った。屈託ない高校生のそれではない。占い師の顔だ。
直江も真率な顔になって高耶を見つめ、初めて会ったときに言われたことを思い出した。

――おまえの過去も未来も、水一滴もない砂漠だ。

「今の私の中には、何が映っていますか…?」

高耶の腰を抱き寄せながら、直江が問う。顔を伏せようとするのを許さず、顎に手をかけて上向かせる。

「答えて、高耶さん」

顔を近づけてくる男に、高耶はゆっくりと目を閉じた。唇が触れ合う寸前、微かに震える吐息にのせて、かろうじて答えを返した。

 

「――オレ…」

 

 

おわり

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