真夏の夜の夢

 

2

 

神秘の森で出会った妖精は、瞳にとても強い光を宿していた。

最初は自分と同じく、森の迷子かと思った。
話しかけたら、いきなり攻撃してきた。
自分よりも10は年下であろう青年が、とたんに大の男をも威圧するオーラをまとった。
自分を射すくめる黒い瞳も、命令に慣れた声も、
今にも消えてしまいそうな、はかない表情とは相容れないものだった。
年に似合わぬ威厳と、年相応の頼りなさ。
出会った時の、彼のアンバランスさが、いつもは誰とも深く関わろうとしない直江が
彼に関わろうとしたきっかけだったのかもしれない。

「この森・・・地図で見た感じよりもずいぶん広いんですね」
「昔は、もっと広かった」

ぽつりと、高耶が言った。

「ある日突然お前たち人間がやってきて木々を切り倒し、城をつくった。
俺たちは結局、何の抵抗もできなかった 」

せいぜい道に迷わせたり、雨や嵐を呼んだり、その程度のことしかできなかった。
悪天候や数々の妨害にも負けず、人間は結局この地に住み着いてしまった。

「人間が、憎いですか」

高耶は背を向けたまま、答えなかった。
憎んで当然だろう。彼ら妖精族にしてみれば、領地を侵略されのと同じだ。
だからといって人間は自分達が存在することを否定することはできない。
何より、自分の前を歩くこの青年に、自分の存在を否定されているという事実が、直江の心に影を落とした。

何を落胆しているんだ、と直江は苦笑した。
妖精族が人間を快く思っていないことなど、はなからわかっていたことだ。
会ったばかりの、年下の青年に嫌われたところで、どうということはない、はずなのに。
かすかに波立つ心中を、直江は微笑で押し隠した。

「どうやら完全に嫌われてしまったようだ。そろそろ日が暮れますし、出口を教えていただけますか?」

 

 

無言のまま、「出口」に案内され、これ以上目の前の青年から会話を引き出すのは諦めた直江が「では」と一歩踏み出した時。

「・・・人間と結婚した妖精が、何年生きられるか知っているか」

高耶が唐突に口を開いた。
これは質問ではない。彼は答えを知っている。
直江は表情を曇らせた。

「ええ。王家の系図を紐解けば、彼らは皆短命でした」

妖精の森から城に来た者たちの寿命は、長くて12,3年。短ければ2,3年で消えてしまう。

「本来はここの木と同じくらい生きる俺達が、森を出た途端なぜ早死にするかわかるか?
お前たちが発する<気>が俺達の身体を蝕むからだ」

人間と妖精族の間で契りを交わすこと。
森に人間を迎え入れることを拒むなら、妖精族を人間の王族のもとへ嫁がせること。
それは人間が妖精族に、半ば強引につきつけた、和平の条件だった。

高耶は仇を見るような目で、直江を睨んでいる。
本来なら、それは逆恨みというべきものかもしれない。
だが直江は痛いような悲しいような、複雑な感情をその琥珀色の瞳に浮かべただけだった。

「もしあなたが、明日輿入れされる末の王子の身を案じているなら、安心してください。
彼はきっと、ずっとこの森にいられますよ」

え、と高耶は目を見開いた。
だが、その言葉の真意を聞こうとした時には、直江は結界の外へと消えていた。

 

次の日の朝、城から迎えに来たはずの使者が、景虎王子との結婚を取りやめにしたい旨を伝えに、妖精の森へとやってきた。
その代わりに、と続けられた城からの要望に、森に住む一族は困惑の色を隠せなかった。

 

つづく
小説


収拾がつくのきゃ〜?