愛と悲しみのパ・ド・ドゥ

 

雨よ、風よ、笑うがいい。
嵐に揉まれてあてどなく舞う木の葉のように
運命に弄ばれて踊る一人の愚かな男を。
俺は愛してはいけないひとを愛してしまった。
忘れがたい黒曜の瞳を持った、黒髪のオディール――

女に不自由した事はなかった。
ノツブナ・ナオエといえばバレエ界で知らぬものはなかったし
俺とパートナーになりたがるプリマはひきもきらなかった。
だから俺はもっとも踊りやすく、かつ夜も愉しめる相手を選び、
やがて飽きれば別の相手を見つければよかった。
幸い温厚とよばれる仮面のおかげで、男からも女からも
むやみに恨みを買う事はなかった。

初めて出会ったとき、彼は舞台の裏方のバイトをしていた。
ジーパンに白のカッターシャツという格好ながら、
有名人の俺を恐れ気もなく真っ直ぐに見つめてきた。
「おい・・・おまえ掃除のじゃまだ。どけよ」

その瞳の強烈な輝きにヤられた。
ひとまわりも年下の、しかもただの裏方に、
俺はその時確かに圧倒されていた。
見るものを無条件にひれ伏させる女王の瞳――
運命に定められた、己の支配者の瞳というものは
確かにこの世に存在するのだ。

それがきっかけで、練習や公演の合間に彼に話しかける
ようになった。一見無愛想でぶっきらぼうな彼は、最初
仕事の邪魔だとうるさそうにしていたが、やがて少しずつ
言葉を返してくれるようになった。

食事に誘い、ディナーに夢中になっている彼を微笑ましく
見ていると、「何見てるんだよ」と頬を染め、ワインで
少し潤んだ瞳で睨み付けて来た。
テーブルクロスに隠れた股間がズキン、と疼いた。
コク…と飲み物が通るときに動く喉や
開いた襟から覗く鎖骨が俺を誘惑する。

「あなたも踊ってみませんか」
そう持ちかけたのは決して下心からだけではない。
プロとして彼の動きをみているうちに、ふと向いている
かもしれないと思ったからだ。彼は最初まったく
取りあわなかったが、そのうち仕事の合間に俺の
練習を見にくるようになった。
練習している時のパートナーの代役を頼み、
バレエなんかやったことねぇという彼に基礎から教えた。
思った通り、彼には才能があった。
もともと敏捷でバネがある。そしてなにより、姿勢がよい。
ただこの細腕で、見かけに反して結構重いプリマを
持ち上げられるのかと心配だったが、彼がプリマの
代役をつとめる分には全く問題はない。

問題なのは、彼の細腰を掴む度に狂おしい衝動に
駆られることだった。彼が顎をそらすたびにその匂い立つ
ような首筋に齧りつきたい衝動に駆られる。

限界はすぐに来た。知っていて誘っているのではないか
と疑いたくなるような無防備さに愚かな男は簡単に堕ちた。
しなやかな腰を両手で引きよせ、ぴったりとした練習用の
白いタイツごしにはちきれそうになっている塊を彼の
腰に押しつけた。ぎょっとして抗う彼を逃がさぬように
がっちりとつかまえ、宥めるように腰を揺らしながら
彼のソコもジーンズごしに揉みしだいた。

下着の下に手をしのばせながら、あなたのせいだと
俺は言った。俺の手の中で膨らむ熱。熱い吐息が、
無意識に揺れる腰が俺をこれほど狂わせる――

その後彼は新進気鋭のダンサーとなった。
荒削りだが不思議な品と艶がある、異色の若手として。
踊っている彼の白いタイツを見る度に欲望を掻き立てられる。
あの股間にタイツの上から齧りつきたい。思うさま煽りたてて
浅ましい欲望を暴き立てたい。
舞台の上でプリマを支えながら、彼のしなやかな身体を
思い出すと、場所柄をわきまえずに俺の股間はぱつんぱつんに
なった。切なく苦しい思いを抱えたまま、俺は大きく跳躍する。

しかし俺はある日気づいてしまったのだ。
彼と組んで踊る事は決してないのだと。
なぜなら俺もあのひとも男のダンサーなのだ。
彼と「白鳥の湖」を踊る日は永遠に来ない。
衆目の中、あのひとの細い腰をつかまえて
高々と持ち上げる機会は万にひとつもないのだ。
あのひらひらのチュチュの下でひとつになって
腰をゆらめかせることもできないのだ。

ああ、なんてことだ――!

 

俺は踊る 嵐の中を
鎮まることのない、タイツの下の欲望と共に
俺は踊る 祈るように
いつかこの想いが報われる日はくるのだろうか――

 

おわり;
小説


ほんの出来心なんです。ゆるして〜〜(>_<)
テロリストがシリアスだから、ちょっと息抜きしてみました(笑)