Starry Night

 

 

その日、外で桜と打ち合わせをした後でマンションに戻ってきた響生は、リビングの入口で思わず立ち止まった。

「あ、おかえり」

ドアを開けるなりとんできたほたるが響生の腕の中でごろごろと喉を鳴らす。が、口をきいたのはもちろんほたるではない。
はさみを手にしたケイがこちらを見上げていた。こころなしか、黒々とした目はいつもよりきらきらと輝いている。

玄関に入ったときからケイがきているのはわかっていたし、合鍵を渡してからは時々入り浸るようになっていたから、それ自体は別に驚くことではないが…。

「ケイ…これは一体」

ソファに座っているケイの隣に鎮座しているものがある。しかし響生の目はむしろ、長方形のガラステーブルの上に散らばった赤や黄色の折り紙に吸い寄せられていた。よく見るとさまざまな色や形や大きさの紙は、テーブルを中心として床にも散らばっていた。

「今日、ここに来る途中に通りかかった花屋で見かけてさ、そういえば今日七夕だったんだなって」

散らかしちまってごめんな、と言ってしばし響生の反応を伺うように見上げてきたケイに響生は苦笑する。相手がケイであればどんなに散らかそうと一向にかまわないが、これが普段殺風景なリビングと同じ部屋とはとても思えない。

「あんたも手伝えよ。出かけてたってことは仕事は大丈夫なんだろ?」

それはそうだが。手伝えと言われても七夕の飾りなど幼稚園以来つくっていない。おまけにこの家にあるはさみは今ケイが使っているものだけだ。

「…それより腹減ってるんじゃないのか?夕食はまだなんだろう?」

いつもなら外に連れ出すのだが、ケイはこのテーブルに散らばった紙を全て工作して笹の木に飾りつけるまでは気が済まないだろう。

ならばと、響生はほたると自分達の食事を用意すべく台所に立った。

 

 

簡単な食事を作ってリビングに戻ると、いろがみのほとんどは飾りとなって笹の木にぶらさがっていた。テーブルに残っているのは数枚の短冊だけだ。

「後であんたも願い事、書いてくれよな」

ケイはしっかり念をおしながらも、食事に手を合わせた。

 

 

夏の夜はやはり蒸し暑い。だがマンションの上の階だということと、風があることが幸いだった。

ベランダの手すりに固定した笹は、風を受ける度にさらさらと涼しげな音を立てている。

窓を開け放したところに座り込んで、笹を飽かず眺めているケイに缶ビールの一本を渡すと、響生はケイの隣に腰を下ろした。

「サンキュ」

しばらくの間、二人は無言で缶を傾けていた。言葉はなくとも、気まずい雰囲気はなかった。これでもかというほど飾りつけした笹の木に、何か特別な思い入れでもあるのか。ケイは笹を見ながら物思いにふけっている。

 

「――母さんがいた頃は、毎年飾ってたんだ」

ぽつりとケイは切り出した。

「笹と、山ほどの折り紙を買ってきて。いろんな飾りの作りかたも母さんに教えてもらった。一生懸命願い事考えて短冊に書いて…願い事なんてそういくつも思いつくもんじゃないのに、あるだけの短冊に書け書けって」

傍らで、響生は静かに聞いている。半分空けた缶を片手に、ケイはいつしか両膝を抱えていた。

「本当は、願いなんてひとつだけだった。あのままずっと母さんと一緒に暮らしたいって」

結局、それすらもかなわなかったけれど…。俯いたまま寂しそうに笑うケイに、響生の心は痛んだ。

「ケイ…」

「こんな風に、母さんのことばかり思い出すのって…変だとおもうか?」

ふと顔を上げて、不安げに響生を見つめてきた。アルコールが入ったせいか、ケイの瞳はわずかに潤んでいる。

その瞳に引き込まれるように顔を近づけた。ケイがうっとりと目を閉じる。僅かに湿った唇同士が重なった。

微かに残るビールの味を感じながら、舌を絡めとる。くちづけは次第に深くなって、ケイは足元に缶を置いて、響生の腕にしがみついた。

「…俺はおまえの母親にはなれないが、ケイ」

宥めるように髪を梳きながら響生は囁く。

「ずっとおまえの側にいたい。おまえが最高の役者になるのを見守っていたい――俺じゃだめか…?」

自分でも知らず、熱を込めて囁く響生に、ケイは答えのかわりに自分から唇を重ねた。自分からシャツのボタンを外し、響生の手を導き入れる。

 

 

 

天上では一年にただ一度の逢瀬の夜。
暑くて熱い夜はまだ始まったばかりだった。

 

 

おわり

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・・・とか書いているうちに七夕おわっちゃったよ〜〜〜〜(大泣)
結局、彼らは短冊に何を書いたんでせう??