「オ、オレ、のっ、ここここ恋人に、なって くだ さいっ!」

 

 

(い、いった!)

部活前に、グラウンド近くの茂みに呼び出した阿部に用件を言ってしまうと、三橋は汗のにじむ手を握り締め、目をぎゅっとつぶった。
心臓が飛び出しそうだ。「あ、あべくんっ・・・あのっ・・・」というところまではがんばって阿部の目をみていたが、続きはとても直視できなかった。
言った瞬間、どんな嫌悪の色がその目に浮かんだのか、確かめるのが怖くてたまらない。

(だ、大丈夫)

これは嘘なんだから、と三橋は自分に言い聞かせた。怒ったらエイプリルフールって言えばいい。今日はどんなことでも冗談で済ますことができる日なんだから。

朝、部活の前に、「阿部に告白してみない?」と三橋をそそのかしたのは水谷だった。
普段、阿部から何かととひどい仕打ちを受けている水谷は、この絶好の機会に阿部をかついでやりたくてたまらなかった。
かといって、この手の冗談を嫌いそうな阿部に、下手な嘘でだましても後が怖い。
たとえば三橋が怪我をしたなんて言って、後で嘘だったと知れたら、何をされるかわからない。
けれど、「愛の告白」なら、別に害はないし、嘘でも怒られることはないだろう。
もちろん女子からではシャレにならないから、ヤロー、しかも仲間から。告白された時の阿部の反応も楽しみだ。
そして告白係は三橋がもっとも適任と思われた。三橋からの告白なら阿部も怒らないだろうし、もし怒っても痛い目にあわされる可能性がもっとも低い。何しろ阿部は、投手の身体を何より大事にしているから。

水谷に提案をもちかけられた三橋は、そんなことをして阿部に嫌われないだろうかと、当然戸惑った。
でも水谷に大丈夫!と言われて、心が動いた。
去年からずっと心の奥におしこめてきた気持ちを、阿部に言ってみるいいチャンスかもしれない。
嫌われたくないから、普段は絶対に言えないけれど、今日なら冗談でまぎらわせることができる。

そうは言っても、言ってしまった後は阿部の反応が怖かった。でも水谷に「阿部がどんな顔していたか、ちゃんと報告してよね!」と念をおされているので、ちゃんと見なければいけない。

おそるおそる目を開き、そーっと阿部の顔を見ると、阿部は目をまるくして、ぽかんとした顔のまま三橋をみていた。
よかった怒ってない、と三橋はほっとする。完全に不意をつかれた、という感じの無防備なその表情は、普段の阿部よりも幼く見えた。

「・・・マジで?」

ぽつんと聞かれて、思わずこくこくと頷いた。阿部はあー、と目を横にそらし、いつの間にか赤くなった頬を手のひらで擦ったりしていたが、やがて、どきどきしながら返事をまっている三橋に目をもどした。伸ばされた手は、三橋の髪を乱暴にくしゃくしゃとかきまわした。

「よろしくな」
「ふ、えっ?」

何がよろしくなのかわからず、三橋は頭をなでられたまま首をかしげた。

「な、なに、が」
「何って、恋人になんだろ?」

思いがけない言葉に、三橋の頬はかーっと熱くなった。信じられないと見上げた先には、三橋が大好きな、ちょっと照れたように笑う阿部の顔があって。天にも昇りそうな嬉しさに、三橋はそもそもどういういきさつで阿部に告白したのかを、完全に忘れてしまっていた。

 

 

 

「なーなー阿部、三橋に告白されてどうだった?」

昼の休憩時間になると同時に、水谷が待ちきれないとばかりに寄っていって聞いた。
阿部の眉が不審げに潜められる。

「・・・何でお前が知ってんだよ」
「だってオレが三橋に言ったんだもん」

水谷は得意げに種明かしをした。普段ことあるごとに足蹴にされているだけに、胸がすーっとする瞬間だった。
実は阿部を中庭に行かせた後、水谷は物陰からこっそり様子を見ていたのだ。
会話はよく聞こえなかったが、阿部の驚いた顔と、その後で笑って三橋の頭を撫でているところは見えた。
話の内容は後で三橋に聞くとして、とりあえず阿部の間抜け顔は見れたし、その後も怒ってなさそうだったから、作戦は大成功したかのように見えた。

ところが。

「阿部なら絶対だまされるっておもった!」

げらげら笑いながらそういった瞬間、周辺の空気がぴしっと凍った――気がした。
水谷の笑いも凍りつき、おそるおそる、冷気の発生源に目をむけると、阿部がさっきとは別人のような顔で水谷を見ていた。

「あ、あれ?エイプリルフールって三橋、言わなかったの?」

お、おっかしいな〜?突き刺さる視線を避けて、ごまかすように頭に手をやる水谷を、もはや阿部は見ていなかった。
無言で踵を返す阿部の背中に思い切り不穏なものを感じながら、追いかけることもできずに慌てる水谷の後ろで、花井はぼそりと「バカ」とつぶやいた。

(三橋にげろ〜っ)

 

 

 

(こ、こいびと・・・うひっ)

部活の間中、三橋は夢見心地だった。練習中ににやにやしていたら怒られる、とおもうのに、顔がゆるむのをおさえられない。恋人になったといっても別に何かが変わったわけではないのに、朝とは世界がまるで違って見える。グラウンドもマウンドも、一緒に埃まみれになって練習している皆も、みんなきらきらして見える。阿部の顔を見る度に、まるで今日はじめて彼を意識したみたいに、どきどきと心臓が跳ね上がった。阿部は変わらなかったけれど、いつもよりも態度が柔らかいような気がする。投球練習が調子よかったこともあって、今日はまだ一度も三橋にカミナリを落としていない。

昼の休憩に入ってしばらくの間、阿部の姿が見えなかった。三橋はしばらくうろうろと探していたが、やがて倉庫のほうからこちらに歩いてくる阿部をみつけると、主人をみつけた子犬のようにかけよっていった。
ところが阿部は、三橋をみるなり、無言で腕をつかむと、グラウンドの外までひっぱっていった。

「あ、あべく・・・?」

わけがわからず見上げると、阿部はさっきまでとはうってかわった表情をしていた。

「朝言ったこと、嘘だったんだな」

阿部の言葉に、三橋はえっと目を見開いた。

「お前が悪いんじゃないっていうのはわかってる。けど、オレはこういう冗談が一番嫌いなんだよ」

その時ようやく、三橋はいきさつを思い出した。自分の阿部への想いが、そもそも受け入れられるとはおもっていなくて、それで冗談にまぎらわせようと告白したのだった。
三橋は説明しようと口をひらいたが、何から言ってよいのかわからず、あ、とかう、という音しか出てこなかった。

「一人で舞い上がって、オレばかみてぇ」

ぽつんとつぶやいた阿部の顔は、怒っているものでも、軽蔑しているものでもなく、傷ついた・・・今にも泣きそうな顔だった。
阿部らしくないその表情に、三橋の胸がぎゅっと締め付けられる。

「・・・本気にして悪かったな。けど、もうわかったから」

そう言った阿部はもう無表情だった。
それだけ言いたかっただけだから、と背中を向けて立ち去ろうとする姿に、三橋は自分でもわけがわからず、気がついたら、ただ夢中でその背中に抱きついていた。

「ちょっ、みは」
「う、嘘じゃない よっ!」

阿部は焦って抱きつく腕を離そうとしたが、三橋は逃がさないとばかりに必死にすがりつく。
背中のユニフォームの埃が涙とまじって顔を汚したが、そんなことにはかまっていられなかった。

「オレ あべくんのこと ホントに すきでっ、でも ダ、ダメだって思っててっ、
だから あべく、いいよって 言ってくれた時、すごく う うれしかった!」

だから、いかないで。
涙をぼろぼろと流しながら、いつになく必死に言葉をついで、かきくどく三橋に、阿部はため息をひとつついた。

「わかった、わかったから、離せって」

しがみつく三橋に逃げないから、と説得してなんとか腕をはずさせ、すっかり汚れた三橋の両目を、正面から見つめた。

「恋人、でいいんだな。言っとくけど、今度は冗談じゃ済まさないからな」

三橋は必死でこくこくと頷いた。それを見て阿部の表情がようやく和らぐ。
それでもまだ少し信用できなくて、目の前の唇に軽く触れるだけのキスをすると、三橋は真っ赤になって俯き、それからウヒ、と笑った。

「ぶっさいくなカオ」

ガン!とショックを受ける三橋にウソウソ、と笑いながら抱き寄せて頭をなでると、遠慮がちな腕がおずおずと阿部の腰にまわされた。
それでもやっぱり心配だから、明日になったらもう一度こいつに言わせよう、と阿部は決心したのだった。

ちなみに、水谷への制裁は、次の休憩時間中に速やかにくわえられたことは、言うまでもない。

 

おわり

 

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