「オ、オレ、のっ、ここここ恋人に、なって くだ さいっ!」
(い、いった!) 部活前に、グラウンド近くの茂みに呼び出した阿部に用件を言ってしまうと、三橋は汗のにじむ手を握り締め、目をぎゅっとつぶった。 (だ、大丈夫) これは嘘なんだから、と三橋は自分に言い聞かせた。怒ったらエイプリルフールって言えばいい。今日はどんなことでも冗談で済ますことができる日なんだから。 朝、部活の前に、「阿部に告白してみない?」と三橋をそそのかしたのは水谷だった。 水谷に提案をもちかけられた三橋は、そんなことをして阿部に嫌われないだろうかと、当然戸惑った。 そうは言っても、言ってしまった後は阿部の反応が怖かった。でも水谷に「阿部がどんな顔していたか、ちゃんと報告してよね!」と念をおされているので、ちゃんと見なければいけない。 おそるおそる目を開き、そーっと阿部の顔を見ると、阿部は目をまるくして、ぽかんとした顔のまま三橋をみていた。 「・・・マジで?」 ぽつんと聞かれて、思わずこくこくと頷いた。阿部はあー、と目を横にそらし、いつの間にか赤くなった頬を手のひらで擦ったりしていたが、やがて、どきどきしながら返事をまっている三橋に目をもどした。伸ばされた手は、三橋の髪を乱暴にくしゃくしゃとかきまわした。 「よろしくな」 何がよろしくなのかわからず、三橋は頭をなでられたまま首をかしげた。 「な、なに、が」 思いがけない言葉に、三橋の頬はかーっと熱くなった。信じられないと見上げた先には、三橋が大好きな、ちょっと照れたように笑う阿部の顔があって。天にも昇りそうな嬉しさに、三橋はそもそもどういういきさつで阿部に告白したのかを、完全に忘れてしまっていた。
「なーなー阿部、三橋に告白されてどうだった?」 昼の休憩時間になると同時に、水谷が待ちきれないとばかりに寄っていって聞いた。 水谷は得意げに種明かしをした。普段ことあるごとに足蹴にされているだけに、胸がすーっとする瞬間だった。 ところが。 「阿部なら絶対だまされるっておもった!」 げらげら笑いながらそういった瞬間、周辺の空気がぴしっと凍った――気がした。 「あ、あれ?エイプリルフールって三橋、言わなかったの?」 お、おっかしいな〜?突き刺さる視線を避けて、ごまかすように頭に手をやる水谷を、もはや阿部は見ていなかった。 (三橋にげろ〜っ)
(こ、こいびと・・・うひっ) 部活の間中、三橋は夢見心地だった。練習中ににやにやしていたら怒られる、とおもうのに、顔がゆるむのをおさえられない。恋人になったといっても別に何かが変わったわけではないのに、朝とは世界がまるで違って見える。グラウンドもマウンドも、一緒に埃まみれになって練習している皆も、みんなきらきらして見える。阿部の顔を見る度に、まるで今日はじめて彼を意識したみたいに、どきどきと心臓が跳ね上がった。阿部は変わらなかったけれど、いつもよりも態度が柔らかいような気がする。投球練習が調子よかったこともあって、今日はまだ一度も三橋にカミナリを落としていない。 昼の休憩に入ってしばらくの間、阿部の姿が見えなかった。三橋はしばらくうろうろと探していたが、やがて倉庫のほうからこちらに歩いてくる阿部をみつけると、主人をみつけた子犬のようにかけよっていった。 「あ、あべく・・・?」 わけがわからず見上げると、阿部はさっきまでとはうってかわった表情をしていた。 「朝言ったこと、嘘だったんだな」 阿部の言葉に、三橋はえっと目を見開いた。 「お前が悪いんじゃないっていうのはわかってる。けど、オレはこういう冗談が一番嫌いなんだよ」 その時ようやく、三橋はいきさつを思い出した。自分の阿部への想いが、そもそも受け入れられるとはおもっていなくて、それで冗談にまぎらわせようと告白したのだった。 「一人で舞い上がって、オレばかみてぇ」 ぽつんとつぶやいた阿部の顔は、怒っているものでも、軽蔑しているものでもなく、傷ついた・・・今にも泣きそうな顔だった。 「・・・本気にして悪かったな。けど、もうわかったから」 そう言った阿部はもう無表情だった。 「ちょっ、みは」 阿部は焦って抱きつく腕を離そうとしたが、三橋は逃がさないとばかりに必死にすがりつく。 「オレ あべくんのこと ホントに すきでっ、でも ダ、ダメだって思っててっ、 だから、いかないで。 「わかった、わかったから、離せって」 しがみつく三橋に逃げないから、と説得してなんとか腕をはずさせ、すっかり汚れた三橋の両目を、正面から見つめた。 「恋人、でいいんだな。言っとくけど、今度は冗談じゃ済まさないからな」 三橋は必死でこくこくと頷いた。それを見て阿部の表情がようやく和らぐ。 「ぶっさいくなカオ」 ガン!とショックを受ける三橋にウソウソ、と笑いながら抱き寄せて頭をなでると、遠慮がちな腕がおずおずと阿部の腰にまわされた。 ちなみに、水谷への制裁は、次の休憩時間中に速やかにくわえられたことは、言うまでもない。
おわり
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