「飲みもんとか持ってくるわ」
テニスバッグを置いて早々、桃城はそう言って部屋を出て行った。
リョーマは床にばらまかれているMDやCDを無造作に寄せて、自分が座るスペースを作った。
昨日買ったというテニス雑誌を読ませてもらうために寄ったのだが、こう散らかっていては
探す気すら起こらない。
背後にあるベッドに寄りかかろうとした時、床についた手が何かに当たった。
(雑誌?)
もしかして目当ての雑誌かと思い、ベッドの下からわずかにはみ出ていたそれをひっぱり出してみれば。
それは、いわゆるそういう類の本、だった。
「へーえ」
一瞬、リョーマの眉がピクリと吊り上がったが、別段大した感慨もなく、ページをめくる。
リョーマ自身は興味ないが、この手の本は南次郎が山ほど持っている。
豊満な胸、くびれた腰。
ページいっぱいに裸体をさらし、挑発的なポーズで男たちの目を釘付けにする女たち。
中には男女がからみあっている写真もあった。日焼けしたたくましい男に後ろから貫かれて、
女は恍惚としている。
こういうのを見て、桃先輩は興奮するんだろうか。
オレにするみたいに、この女とやっている自分を想像して?
それとも、この女にするみたいに、オレとやっているところを想像するんだろうか。
そこまで考えて、リョーマは初めて動揺した。
痴態をさらす本の中の女たちを自分と結びつけた途端、急に落ち着かない気持ちになった。
いつも夢中で、あのときに桃城の前で自分がどんな表情をさらしているかなんて、
考えたことなかった。
身体中が蕩けるような愛撫に理性まで剥かれて。感じるままに声を上げて、焦らされて、
しまいには泣きながら懇願して。
――桃先輩としている時、オレもこんな表情をしているんだろうか。
――この女みたいに貫かれて悦んでいるオレを、桃先輩はいつも見ているんだろうか。
どくん、どくん、と心臓が騒ぎ出す。
桃城の前で無防備にさらしていた、あられもない自分の姿を、できることならすべて消去して
しまえたらと強く思う。
それ以上雑誌を見ていられずに目をそらした時、ガチャリとドアノブが回った。
「待たせたな・・・って、何だ。テキトーに漁って読んでりゃよかったのに」
桃城がスナック菓子とジュースを載せたトレイを片手に部屋に戻ってきた時、リョーマはとっさに
持っていた雑誌をベッドの下に隠した。
別に隠す必要はなかった。自分とつきあっていながらこれは何だとつきつけてやればいい。
リョーマにはそうする権利があった。
だが、雑誌を見ながら考えていたことを思うと、まともに桃城の顔を見ることができない。
女の痴態に、桃城に抱かれる自分を重ねていたなんて。自分のほうこそひどい淫乱みたいだ。
「どこにあるかなんて、こんな部屋でわかるわけないでしょ」
つとめて平静をよそおってそっけなく答えるリョーマに、桃城はあれ?そこに置いてなかったか?
などと部屋中をうろうろと探し出す。昨日買ったばかりのはずの雑誌は、結局脱ぎ散らかした
服の山の下にあった。
ほらよ、と手渡され、ページをめくる。ようやく目当ての記事が読めたというのに、傍でCDを
漁っている桃城が気になって集中できない。
無音だった部屋に聞き覚えのある女性ヴォーカルの曲が流れ出す。戻ってきた桃城が
隣に座り込んだとき、触れ合った腕がぴくりと反応してしまった。
服越しに触れたところがやけに熱く感じられて、リョーマは今までにない居心地悪さを感じた。
いつもはうるさいくらいの桃城は、こういう時に限って何も言わない。傍らの熱と、背後にある
雑誌に意識がいってしまいそうになるのを避けようと、頭の中で話題を探す。
「・・・桃先輩って、いつも家に帰って何してるんすか?」
普段話題を作るなどということをしないだけに、こんな質問くらいしか出てこない。
桃城はうーんと頭をひねる。
「メシ食ってフロ入ったらそのまま寝ちまうこともあるけど。あと音楽聴いたりゲームしたり」
つまりは、リョーマがいる時と大して変わらないということだ。
ウソツキ。と、心の中で小さく呟く。
「あとはそうだなー・・・エロ本を見ながらマスかいたりとか?」
なんでもない様子で続けられて、リョーマの心臓は跳ね上がった。思わず桃城を見上げ、
いつのまにかこちらをじっと見ている桃城の目の色に、凍りついた。
「見たんだろ?」
知らず後じさる身体を引き寄せられる。耳朶を噛まれ、首筋にかかる息に身を硬くする。
いつになく欲望をむき出しにした桃城の様子に、こんなのは嫌だ、と心が叫ぶ。
「ああいうのを見ながら何を考えているか、教えてやろうか?おまえにこんなポーズさせてみようか。
こんなセリフを言わせてみようか。こんな体位で犯してやろうか」
いつのまにかシャツの中に滑り込んだ手が素肌を撫で回し、乳首を指の腹で転がし始めたから
リョーマはビクンと身を捩る。
「や・・・め・・・ッ」
「いっそ倒錯的なプレイを教えて、もっといやらしい身体にしてしまおうか。
あの本の女の比じゃないぜ。アノ時のおまえの乱れ方ときたら」
意地悪い囁きすら甘い痺れとなって背筋を這い上る。半分露になった腰を掴まれ、布越しに硬くなった
お互いのモノを擦り付けられて、リョーマは細い声を上げた。
「あんた、まさかわざと・・・ッ」
ベッドの上の抗議は、唇で塞がれた。ベッドの下に無造作に置いてあったAV雑誌。確信犯だ。
桃城の思惑通りに流されるのは悔しくて、だが大きな手と唇が施す愛撫に、身体はいつも以上に
敏感に反応する。
(この悪党)
悪趣味な煽り方に毒づくも、もう観念するしかない。
自由だと思っていた自分は、気がついたら完全にこの男に捕らわれてしまっていた。
逃れようと、 思った時にはもう手遅れなのだ。
それは狂おしいほどに重い、甘美な恋の足枷――
つづく
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