絡まる指
上空から薬鴆堂が見えてくると、鴆が庭からこちらを見上げていた。 適当な高さまで降りてきたところで、蛇妖怪から飛び降りると、抱きとめるように腰を支えられる。 「頬が冷てえな。春先とはいえ、空の上はまだ風が冷たいんじゃねえか?朧車で来りゃよかったのに」 「別に…」 大きな乾いた手で触れられたせいで、せっかく冷えていた頬がまた熱くなる。 そっけなく答えて俯くリクオを、鴆は縁側へと誘った。 計ったようなタイミングで、すぐに酒と肴が運ばれてきて、 鴆は酌をしようと片口を持ち上げたが、リクオは今はいいと断った。 本当は酒でも飲みたい気分だったが、盃を持てばみっともなく震えてしまいそうで、 少しでも落ち着こうと、自分で自分の手を掴む。 身体は火照っているのに、手だけはやけに冷たかった。 昨日、いや今日になっていたかもしれないが――この奥の部屋で、鴆に抱かれた。 抱きしめられて口づけられて、欲しいと言われて、自分も鴆とならそうなってもいいと思ったから受け入れた。 鴆は優しかったし、だから少しくらい身体がきつくても、全然嫌ではなかったのだが。 鴆の顔をまっすぐに見ることができない。 夜明け前には、逃げるように帰った。 なのに学校から帰ってきたら家に鴆が来ていて、身体の様子を聞いてきた。 目を逸らしたまま大丈夫だって答えたら抱きしめられて、 今夜も会いに来てくれるかって、髪を撫でながら懇願された。 鴆が自分を見つめる目が、触れ方が、口調が、昨日までとは違う気がして、落ち着かない。 せめてもう二、三日、会わなければ、何事もなかったかのように振る舞えるのに。 そんなことを思いながら、縁側の板の目を睨んでいると、ふいに手を握られて、心臓が止まりそうになった。 絡め取られた手をぐいと引き寄せられて、いつの間にか目の前にいた鴆の胸に抱き寄せられる。 「リクオ…」 吐息混じりの声が、耳をくすぐる。 甘さを含んだ低音に、びくりと身体が反応する。 昨日までは、こんな声で名前を呼ばれることなどなかった。 飛び出しそうな心臓の音が聞こえてしまわないかと心配になる。 間違いなく赤くなっているだろう顔を見られたくないのに、大きな手が否応なく顔を上向かせる。 すぐ近くに、月光に照らされた鴆の顔があった。 瞳の色は夜の色に沈んでいてよくわからないが、昼間と同じ、甘く優しい瞳で自分を見つめているのはわかる。 そんな瞳で見られると困る。 落ち着かなくて、どうしたらいいのかわからなくなる。 目を伏せると、唇を軽く吸われた。 思わず目を閉じると、もっと深く口づけられる。 二つの唇の間で立てられる水音がやけに大きく耳に響いた。 「っ…」 舌の裏側を舐められて、身体の力が抜けた。 倒れそうになる身体を、力強い腕がしっかりと支えた。 「リクオ、あんたが欲しくてたまんねえ…今夜も抱いて、いいか?」 愛おしそうに髪を撫でながらの、欲を含んだ囁き声に、また身体がぞくりと反応する。 そのために呼んだくせに。嫌だったらここには来ない。 絡め取られた手を握り返し、リクオは小さく頷いた。
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