帰り道、これでもかとばかりに降っていた雨は、桃城の家につくまでには
きれいに上がっていた。さんざんずぶぬれになってから晴れてもまったく
うれしくない。おまけにもう夕方だし。
静けさをとりもどした、朱に染まった住宅街を歩いていると、先刻の雨の
中のキスが無性に恥ずかしくなってくる。大雨で傘もなくて、すっかり雰囲気に
流されていたけど、よく考えなくともそこは毎日通る道の真ん中だった。
我にかえったときにはもう桃城の家についていたから、今さら怒れない。
せめて繋いだ手を解きたかったが、桃城は逃すものかとがっしりと
掴んで離そうとしなかった。
手が離れたのは誰も帰っていない桃城家の脱衣所についた時。
だがリョーマはここでも困惑することになった。
「お前も入れとけよ、越前。ズボンはともかく、シャツなんかは
帰るまでには乾くから」
まずは泥まみれの水浸しになったジャージ、それから靴下、シャツを
無造作に洗濯機に入れながら桃城は言う。
「・・・ッス」
返事はしたものの、服を脱ぐのをなんとなくためらっていた。
濡れて身体にまとわりつく服をいつまでも着ていたいわけじゃない。
桃城家の洗濯機を使わせてもらうことを遠慮しているわけもなく、
泥まみれの靴下やジャージと一緒に洗うのが嫌というわけでもない。
脱衣所にいるのがリョーマ一人なら、さっさと洗濯機に放り込んで
熱いシャワーを浴びたいところなのだが。
二人して脱衣所に来て、自分はさっさと脱いだ上にリョーマにも
脱ぐように勧めて、このひとは一体どうするつもりなんだろう。
まさか一緒にシャワー浴びようとか言う気じゃ・・・。
別に今さら裸を見られるのが恥ずかしいわけじゃない。自分がみたことが
ないところまでしっかり見られてしまっているし、第一、恥ずかしがっている
なんてこのひとにおもわれるのだけは絶対、嫌だ。
別に今さら、と思うのに。シャツを脱いであらわになった桃城の身体を、
正視できない。
ひとつしか違わないとは思えない、鍛え抜かれた逞しい身体。
その筋肉が飾りじゃないことはよく知っている。
男なら誰もがこうなりたいとおもわずにはいられない、
パワーと俊敏さをあわせ持つ均整の取れたその身体に抱きこまれ、
組み敷かれ、そして――
そんなことを想像していたら、実際にその身体に抱きこまれていた。
「ちょっ・・・先輩!」
首筋に吸いつかれ、耳にかかる吐息に欲情した雄の空気を感じた。
無言で舌を這わせてくる桃城に思わずリョーマの腰が逃げる。
と、逞しい腕にぐっとひきもどされ、すでに存在を主張している
固い感触に戦慄を覚えた。
「脱げよ――それとも、俺が脱がしてやろうか?」
いつもの明るい声ではない、低く掠れた桃城の声にリョーマは震えた。
この身体に求められる慄きとそれを上回る歓喜、そして桃城の
欲情に触発されて頭をもたげる自らの欲望に、リョーマはたまらず
桃城の肩口にしがみつく。
「あッ・・・」
布越しに乳首を口腔に含まれて、リョーマはちいさな声をもらした。
とっくに固くなっているもう一方の突起も服の上から親指の腹で刺激され、
もどかしい刺激に身体を捩った。そうでもしなければはしたない要求を
自分から口にしていまいそうだった。
「も・・・先輩・・・オレ、シャワー浴びたい」
いつ家族が帰ってくるかわからない、先輩の家の脱衣所。こんなところで
するのは嫌だ。
いや、いまさら純情ぶる気はない。今、誰かが帰ってきて途中でやめられたら
自分はきっと気が狂う。
そんなリョーマの心中をわかっているのかいないのか。
桃城は「いいぜ」とリョーマの唇を塞いだ。
最近やっと、「恋人同士のキス」に慣れたリョーマでもついていくのがやっとの、
情熱的なくちづけに頭の奥がぼうっとなりながら、ズボンのファスナーをおろす
音をどこか遠くで聞いた。大きな暖かい手がはじめて素肌に触れ、びくりと反応
したときには、下肢を下着ごと剥かれていた。
そのまま軽々と抱え上げられ、浴室に向かう。
直に触れ合った欲望が、お互いの存在に触れてどくん、と膨れ上がった。
「ッ!や・・・待っ・・・!」
制止の声も無視して桃城が押し入ってくる。十分にほぐされていない
そこは、猛りきった肉棒を咥えこまされ、軋んだ悲鳴を上げる。
「ッ・・・」
冷たいタイルの壁に両手をつき、濡れたシャツを着たままむき出しの腰だけ
つきだしたあられもない格好で、リョーマは桃城を受け入れながら切れ切れに
息を吐く。
だが桃城はリョーマが落ち着くのを待たずに動き始めた。
いつもはわざとじらしているかのようにさんざんリョーマを蕩けさせてから
挿入する桃城だ。決定的な刺激をなかなか与えられないもどかしさに
リョーマが焦れて乱れる様子を意地悪そうな表情で眺めていることすら
あるのに。
ときどき桃城はこんな性急な抱き方をする。何がきっかけでそうなるのか
リョーマにはまったくわからないが、そんな時は前戯もそこそこに、
強引に繋がろうとする。
コトの後にはいつもいたたまれないような表情であやまってくるけれど。
最初は桃城が別人になったみたいで、正直怖かった。
でも、今はそれほど怖くないし、嫌いでもない。
性急に求めてくる桃城が身体を満足させるためだけに自分を抱いている
わけじゃないのがわかるから。やや乱暴に突き上げながら、せわしなく
身体をまさぐる手も、逃げる腰をぐっとひきよせる腕も、耳にかかる
荒い息遣いも、全てが自分を求めているのを感じるから。
痛いほど伝わってくる桃城の気持ちに、強引におしひらかれる痛みは
快感にすりかわる。
まあ、ケダモノといえばそれまでだけど。
そして、そんなケダモノじみた行為が嫌じゃないことは、桃城には秘密だ。
我にかえったとき、リョーマがむすっと黙り込めば、桃城は当分リョーマの
言いなりだ。
終わったらどんな難題をふっかけてやろう。
急速に近づいてくる絶頂の波に、リョーマは一時考えるのをやめて身をまかせた。
おわり
裏越前屋へ
そして桃はずっと王子に頭が上がらないのでした・・・(笑)。
だらだらと続いてしまいましたがおつきあいくださった方
ありがとうございました;
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