京香さま
繁華街を抜けると、先ほどよりは幾分人の流れがマシになったように見えた。 何となく隙間の空いた歩道を、それでもたまにはぶつからないように避けながら歩いてい く。常に人で溢れかえっているこの東京では、真っ直ぐ歩く事がほぼ不可能であり、 そんな土地柄に未だ慣れない高耶にとって苦いものがあるのだった。 人の波が一時途切れた所で高耶はホッと一息ついた。人熱れでうっすらと汗の滲 んだ額を手の甲で拭う。そんな様子を横で見ていた直江が気遣いの声を掛けてきた。 「高耶さん、疲れましたか?」 「あ、いや…。そうじゃないんだけど。…ただ、あちーなって思って…」 そう言って笑いつつも、高耶の声には疲れが滲んでいる。 先ほどから歩きっぱなしでいた二人である。高耶の提案で夜の散歩としゃれ込ん だ訳だったのだが、久しぶりに人の多い場所に出てきて疲れてしまったのだろう。だ が、高耶はそんな素振りを見せずに元気に振る舞う。自分から誘いだした手前、疲れた などと言えないのだろう。 直江は高耶に知られないように小さく口元を綻ばせると、高耶の肩をそっと引き寄せた。 「お、おいっ、直江っ!」 雑踏の中での突然の行動に狼狽えて、高耶は慌てて直江の腕を振りほどこうとする。 そんな高耶を柔らかく押さえ込んだ直江は高耶の耳元に囁いた。 「高耶さん、私は何だか疲れてしまいました。…もう少し先に公園があったはずです。 そこで休憩しませんか?」 人混みに酔ったのでしょうか?と苦笑する直江に高耶は驚く。 「え?…あ、おい、大丈夫かよ。何だよ、久々に歩いて疲れちゃったのかぁ?」 言いながら高耶は心配そうな顔を向けてくる。 直江の上手いとは言えない演技に高耶はコロッと騙されたようだ。単純と言うか 、鈍いと言うか…。それでも、気が付かなくて悪かったな、と直江の腕を引っ張って歩 く姿に愛しさが募る。 (疲れているのは自分の方だろうに、まったく…) そんな高耶に苦笑しながらその横顔を見ると、直江の申し出にホッとしたのか、 先ほどまでの疲れからくる強張りが取れているように見えた。 「ほら」 「ありがとうございます。……ビールですか?」 「仕方ねぇだろ?さっきビールしか買わなかったんだから」 それはそうですが、と言い募る直江に「いいから飲め」と缶を差し出すと、高耶 は自分の缶ビールのプルタブを開けた。プシュッという小気味いい音が辺りに響き、高 耶はそのままゴクゴクと一気に煽った。高耶の喉が上下に動くのを見ながら、直江もプル タブに指をかける。 「はーっ、上手いっ」 一気に半分以上飲んだ高耶は、そう嘆息するとホウッと空を仰いだ。 「落ち着きましたか?」 何が、とは聞かなかった。暫しの沈黙の後、高耶は逆に問いかけた。 「……お前、知ってたんだろう」 「何を、ですか?」 すっとぼける直江に高耶の眉が上がる。 「何がって…」 絶対、直江は知っていたはずだ。自分がもうへとへとに疲れていて、歩くのが億 劫に感じていたことを。そして、それを言い出せないでいた自分に。そうでもなけれ ば、あれしきの事で直江が「疲れた」等とは言い出さない。直江は、そんなヤワでもなけ れば、そう簡単に弱音を吐く男でもなかった。と、なると (やっぱオレの為だよな…) さり気ない気遣いが嬉しくもあったが、あんまり自分を甘えさせないで欲しいと 思うのが高耶の本音だった。甘えに酔って弱くなってしまう自分が恐かった。それに、 (オレはいつだってお前と対等でいたいんだからな) ブスッとしてしまった高耶に、 「いいじゃないですか。実際に私も疲れていたのだから。あぁ、ビールがおいし いですよ」 高耶の心境を知らない男は、あくまでも惚ける。高耶は複雑な胸の内を持て余し て、プイッと横を向いた。 「……もういいっ」 その様子が自分でも子供じみていると思ったところに、直江のくすくすという笑 い声が聞こえてきて、高耶は次の瞬間直江をキツく睨んでいた。 「……すみま、せん」 「あ、いい風」 暫く会話も無くそこにいた二人である。 静かな時間だけがそっと流れて行く。 この暗闇の中、存在するのは自分たちだけのような錯覚を起こしながら、二人は 穏やかな時間を共用していた。夏とは言えど、流石の東京も夜になれば少しは気温が 下がる。 それでも時折吹く風は生暖かいものであったが、夜気を含んだ分いくらか涼しく感じた。 その風に髪を遊ばせながら高耶は目を閉じた。 「静かだな…」 「…そうですね」 「さっきまでのうるさいのが嘘のようだ」 少し酔ったのか、高耶は頬をうっすらと赤らめている。発する言葉も何となく、 甘ったるく感じた。 「オレさ、田舎育ちだからさ、ああいううるさい所ってちょっと苦手」 「……」 うるさい所とは先ほどの繁華街の事を指しているのだろう。どこからこんなに集 まってくるのか、というほどの人の中に埋もれ、更に、怪しげな店の遠慮のない呼びかけ に何度も捕まった彼が、ウンザリしていたのを直江は知っている。 「そうですね。東京はやはりいろんな意味で凄い所ですね。あらゆる情報が一挙 に集まって、そして拡散していく街…。私も田舎育ちですから時々ついていけない時が ありますよ」 「……」 サラリと言う男に高耶は複雑な表情を浮かべた。 直江の実家は宇都宮にあり、東京等の大都市に比べれば確かに田舎ではあったが 、高耶の故郷の松本に比べれば充分発展していると言えた。しかも直江の実家は真 言宗の流れを汲む由緒正しい寺であり、彼は昔からそれ相当な生活を送ってきたらし い。本人はそんな事おくびにもださないが…。 とにかく、そんな優雅(?)な生活を送ってきた男に、自分と同列だとは言って 欲しくない高耶であった。 「……お前にはそんなの関係ねぇよ」 「?」 どういう意味ですか、と詰め寄る直江にさぁな、と返すと高耶は一人遊具のある 方へと行ってしまった。 「高耶さん?」 (全く) ……難しい人だ。 直江は高耶の後を追いかけるべく、その場から立ち上がった。 二人はブランコのある場所に移動していた。高耶はブランコへ腰掛け、直江はそ の斜め前に立っている。その直江の目は高耶の足下に向けられていた。 「あなたにはブランコは無理なのでは?」 直江の視線の先へと追っていくと、なるほど、直江の言うとおり高耶には無理の ようである。足が長いのがネックになっていてとても漕げる状態ではない。 高耶の長い足は折り曲げられずに、真っ直ぐ地に伸ばされていた。 「あ〜ぁ。残念。こういうのってガキの頃でないとダメなんだな」 項垂れる高耶に、直江は心に僅かな痛みを覚えた。 (そういえば、高耶さんは…) 高耶の両親は、昔はとても仲の良い夫婦だったという。この頃は高耶達にも優し く、休日には海に山にとよく連れて行ってくれたそうだ。だが、父親の事業が失敗に終 わった後、彼は豹変した。酒を煽り、女に入り浸り、たまに帰ってたと思いきや遊ぶ金 欲しさに暴れ、母・佐和子や高耶に絶え間なく暴力をふるったのだそうだ。その迫力に戦 き、泣き出した幼い妹・美弥を庇うのは高耶の役目だった。 佐和子はそんな生活に疲れ、傷ついた兄妹を置いてある日姿を消した。 行く先さえ告げない突然の別離だった。 そして、その時高耶は思ったという。 (誰も信じてなんかやらない。人を信じてバカを見るのはこの自分だ) 親の愛さえ求め得られない不幸な子供。 少年の、親を恋しく思う気持ちは、無情にもこうして憎悪へと変化していったの だ。とても他の子供のように甘えるところではなかった。中学生と言えど、まだまだ子供 。その上思春期という、とても不安定な時期でもある。その時に受けた傷はいつまでも深 く残り、彼ののちの人生に多大な影響を与える。 気が付いたときには、誰にでも刃を向ける他人を信じられない人間が出来上がっ ていた。 出会った頃の高耶は、まるで手負いの狼のようだった。優しい手を差し伸べても すぐに払い落としてしまう。本当は、差し伸べられる手に縋り付きたいくせに、人を信 じられないところにプライドが邪魔をして、そうする事が出来ない。人を寄せ付けないギ ラギラとした瞳の奥で、本当は誰よりも愛を欲していた高耶。そんな彼の孤独に気付き、 癒してあげたいと感じたのはいつの頃だったのだろうか。そして、 (あなたを愛おしく感じるようになったのは) いつの頃だったのだろう…。 高耶の父は大分前から定職に就き、生活態度も改善されたという。だが、高耶は それでも未だ父親に対してわだかまりが残っているらしく、何かと理由をつけては松 本の家を飛び出していた。高耶は何も言わないが、今回彼が東京に出てきたのも、家で何 か面白くない事があったからなのだろう。そうやって自分で距離を取るくせに、彼が時 折見せる寂しい表情。 その表情に目を奪われる。 寂しいのに寂しいと言えない。それはどんなに哀しい事だろうか。高耶を哀れに 思う一方で、だが、そんな高耶を理解しているという優越感に浸る自分。 (最悪なのは俺の方だ) 直江は自嘲気味にその唇を歪めた。 顔を上げると高耶のどこか寂しそうな顔が飛び込んでくる。 (高耶さん…) 直江は、自分の醜い感情をそっと胸の引き出しにしまった。 今は、そう。 目の前にいる哀れな人を愛してあげればいい。自分の救えない独占欲を瓦解させ るほどの強い愛情で。 彼もきっと、…それを望んでいる。 直江は、気を取り直すと鎖に手を伸ばした。 「貸してごらんなさい。私が押してあげますよ」 「い、いいよ。鎖切れちまうよ」 突然の申し出に軽く驚いた高耶は、男を見上げながら断りの言葉を口にする。そ れにいいから、と強引に鎖ごと高耶を引き寄せると、その背中を押してやった。 大きな弧を描いて前に押し出された高耶は咄嗟に宙に足を伸ばし、地面にぶつか るのを防いだ。 夜の静寂に、懐かしさを感じさせるプランコの軋む音が響き渡った。 そのまま何度か漕いだ後だった。 キイキイと悲鳴を上げる鎖の音を聞いていた高耶は、何だか急に切なくなって心 持ち顔を伏せた。 「直江、もういいよ」 「…どうしました?高耶さん」 元気のない声に直江は心配になった。 「高耶さん」 沈黙してしまった高耶に直江は再度問いかける。 「え?あ、いや別に大したことじゃねぇんだけど…」 「だけど?」 直江はどうしてもその続きが聞きたいらしい。根気強く自分の言葉を待っている 。やんわりと促されて、高耶は言いにくそうに口を割った。 「ん…、前にもこんな事あったなって思って。その時は美弥と一緒でさ。やっぱ りお前の ように、こうして背中を押してやったんだ」 高耶はその時の事を思い出しているのか、話し終えると口を結んだ。 過去に思いを馳せる高耶を見て、直江の中に自分にはどうしても入り込む事の出 来ないが故の嫉妬心が湧き起こる。 (高耶さん……) やはり、俺では駄目なのか。俺ではあなたの寂しさを和らげる事は出来ないのか。 自分の無力さに唇を噛んだ時だった。 「…言っておくけどな、直江」 「……?はい」 「オレは寂しくなんかないぞ」 「……」 「お前がいるんだからな」 「!」 直江は目を見開いた。 次の瞬間、自分の所に戻ってきたブランコを空中で止めると、高耶をブランコご と後ろから抱き留める。直江が自分の元に引き留めるような形で抱き竦めたものだから 、高耶は空中で不自然に止まったような形になった。 「わっ、バ、バカッ!やめろってばっ!危ねーだろっ!!」 慌てた高耶が必死になって足をバダバタさせるものだから、ブランコはガチャガ チャと不快な音を立てて大きく揺れた。ハッと我に返った直江は謝罪の言葉を口にする と、高耶をその場に降ろしてやる。そうしておいて、ぶつぶつと文句を言いながら立ち 上がった高耶を、またもや直江は後ろから抱きしめた。 「!お、おいっ」 「済みません、高耶さん。あなたがあまりにも嬉しい事を言って下さるから…、 もう、抑えがききません」 「な、な、な」 「高耶さん……」 囁きと共に耳朶をやんわりと噛まれて高耶は焦る。 「コ、コラッ、直江、離せって!」 渾身の力を込めて直江の腕から脱出しようとする高耶だったが、直江の前では徒労に 終わる。彼自身ケンカ慣れしている事もあり、他の誰かに同じような事をされた 時にはなんなく突破出来るところなのだが、この男には通用しない。高耶より身長もウエ ートもあり、更に数百年に及ぶ強い愛の前に、太刀打ちできる術は高耶にはなかった。 そうこうしているうちにも、直江は高耶に言い聞かせるかのようにその耳に熱く 囁いてくる。 「高耶さん…、私は決してあなたを一人になんてさせない。俺がいる。俺がいつ でも、いつまでもあなたの傍にいるから。だから、」 あなたも永遠に俺の傍に……! 直江は、高耶の顔を上向かせると、その薄く開いた唇に自分のそれを重ね合わせた。 「ン…」 弾力のある質感に高耶は思わず目を閉じた。 柔らかな風が二人の間を通り抜け、髪を乱していく。その髪が頬にかかるのをく すぐったく感じながら、高耶は直江の唇を静かに受け入れた。 触れ合わせただけの口づけは、やがて濃厚なものへと変化していく。舌を深く差 し入れられ、口内を蹂躙される。高耶の口元からは飲み込みきれなかった唾液が伝い 、その顎を濡らした。息苦しさから高耶がくぐごもった声を上げたが、直江は一向に気 にすることなく、それどころか高耶の股間へと左手を伸ばしてきた。 「ンンッ!」 ボタンを外され、ジッパーを引き下ろす金属音に羞恥を覚えながらも高耶は成す がままだ。直江は下着の中に不埒な手を潜り込ませると、高耶の中心で予感に震えて いるそれを握り込む。少量のアルコールが入っているせいか、今日の高耶はいつも以 上に感じているように見えた。ちょっと揉んでやっただけで手の中のそれは元気に脈 打ち始める。上手く指を使って、揉み込みながら先端に戯れを仕掛けてやると、高耶は 頭を振って直江の唇から逃れた。 勢い良く流れ込んでくる酸素を喘ぐように吸いながら、高耶はキッと直江を睨んだ。 「なおえぇっ」 足に力を込めようとして、高耶は次の瞬間バランスを崩した。今までの濃厚なキ ス(と悪戯)で、すっかり体の力が抜けてしまったらしい。倒れる前にしっかりと高耶 を抱き込んだ直江は含み笑いをしながら言った。 「あぁ、あぁ。大丈夫ですか?高耶さん。気を付けて下さい」 「だ、誰のせいだと思ってんだよっ!!」 「あぁ…。済みません。私のせいですよね」 わざとらしい物言いに高耶はフルフルと肩を振るわせると、 「そうだ!お前のせいだ!」 「では、もう帰りますか?」 しれっと直江に返されて高耶は狼狽えた。 「……え?」 「歩いて頭を冷やしましょう。このままここにいたら、またあなたを襲いかねない」 「え?で、でも……」 高耶が直江の腕の中で身じろぐ。 「どうしたの?」 「〜〜〜〜〜〜〜」 どうしたもこうしたも、 (こいつはわかっててそう言うんだ!) オレがこのままだと動けないのを知ってるくせに! 高耶は恨めしく直江を睨め付けた。 高耶の体は、先ほどの直江の悪戯で、もう既に退っ引きならない状態になっていた。 久しぶりでもあったし、夜とはいえ誰が見ているか知れない公園の中でというシ チュエーションに加え、何だかんだと愛しい男の手に愛撫されて、反応しない方がおかし いというものだ。 (あー、もう、何でこんな奴が好きなんだかな〜) 直江の腕の中で力無くハァとため息をつくと、直江がふいに顔を覗き込んできた 。その目がやけに真剣だったので高耶はドキリとする。 「済みません、高耶さん。悪戯が過ぎましたか?……辛い?」 「えっ!?い、いや、そんなんじゃ…」 どうやら直江は、高耶がため息をついたのは体が辛い為だと勘違いしたようだ。 済まなさそうに眉を下げた直江は、何を思ってか高耶の体を抱き上げると、草木に覆わ れて人目につかない奥の方へと移動した。 「オ、オイ、なおえっ」 嫌な予感がする。高耶は焦って男を見上げるが、直江は何も言わず高耶を降ろした。 そのままフェンスに凭れ掛けされるように体を固定させると、高耶の脱げかかっ ているジーンズの前を割り開き、切ない涙を滲ませている先端をいきなり口に含んだ。 「ア………!」 高耶の体が大きく仰け反った事により、当たったフェンスがガシャンと派手な音 を立てる。制止を請う言葉は、喉の奥で固まってしまった。だが、もう高耶は気にもと めない。 高ぶって敏感になったところを攻められて、意識がショートする寸前である。 「んふ……っ」 高耶の口から、鼻の抜けるような声が漏れた。 直江の、熱くザラザラとした舌の感覚がたまらない。強く擦り合わすような刺激 に、高耶のそこはぴくぴくと反応を返す。先端の括れを舌先で執拗に弄られて、高耶の下 腹部が直江の愛撫に合わせて緩く波打った。 高耶は、強すぎる刺激から支えきれなくなった両足の代わりに、重たく感じる両 腕を直江の肩口へと回した。その腕が小刻みに震え始めたのを知った男は、口に含んで いるものに強い吸引を施して彼の望みを叶えてやった。 「………ァ」 ハァ、ハァと荒い息を吐きながら、高耶の体がその場にズルズルと崩れ落ちる。 その体を支えた直江は彼の体を反転させると、錆び付いたフェンスにその指を絡ませた 。それだけでは心許ない高耶の腰を両手で支え、伸ばした両の親指で引き締まった臀部を 割り開く。 「やっ…!な、ぉ…」 冷えた夜気にそこを晒されて、高耶が不安気に直江を呼ぶ。それに直江は舌を伸 ばす事によって答える。 「ン!アァ……ッ!!」 途端、高耶の口から甲高い嬌声が上がって驚いたのは直江だ。公園内からみてこ こが奥まった場所とはいえ、フェンスの外側は道路なのだ。公園は寂れた場所にある ものと相場は決まっており、更に平日のこんな時間に通る人はあまりいないだろうが、 だからと言って高耶のあの声をむざむざ漏らすわけにはいかない。 (この声を聞いていいのは俺だけだ!) 直江は、唾液を送り込んで素早くそこを潤ませると、先ほどから高耶の中に入り たくて駄々をこねていたそれを狭い入り口に潜り込ませた。 むろん、開いた右手で高耶の口を押さえて、だ。 「ッ!!」 高耶の口から発せられるはずだった悲鳴は直江の手に阻まれ、その口内へと消え ていったのだった。 体が熱かった。 触れられている部分が熱かった。 繋いでいる部分が熱かった。 …このまま一つに溶け込んでしまえそうな、熱さだった。 「信じらんねぇ…」 直江の膝に頭を乗せた高耶は毒づいた。 「済みません」 あれから、先ほどまでいたベンチに移動した二人だった。直江はすっかり力の抜 けた高耶の体を抱きかかえ(横抱きにするのを高耶が嫌がったからだ)、ここまで連れ てきたのだった。 高耶は、直江が座るや否やその体に身を寄せてきた。そのままドカッと膝の上に 頭を乗せると、足を投げ出してベンチに寝転んだ。直江はそれを拒まず、高耶の好き なようにしてやっている。 先ほどから高耶の口から紡ぎ出されているのは、気怠い呼気と直江の所業に対す る文句。どうやら高耶は「こんな所」で事に及んだ事を不満に思っているらしかっ た。確かに外で『する』のは初めての二人ではあったが……。 「そんなに嫌だったんですか?」 おずおずと直江が尋ねると、高耶は何も言わずにそっぽを向いてしまった。その 耳がうっすらと赤く染まっているのを見つけた直江は微笑した。 先ほどは高耶を高める為に動かした指で、今度は優しく髪を梳いてやる。暫く言 葉も無くムッとしていた高耶だったが、段々怒りが薄れてきたのか、いつしか気持ちよ さそうにそれを受け入れている。その顔が酷く安らいでいるのを見た直江は、とても満た された気持ちになり、先ほど浮かべた微笑をまたその口元に漂わせた。 「月……見えないな」 しばらくして、高耶がポツリと呟いた。 「ネオンの光が見えにくくしているんですね」 「……」 心持ち、高耶の顔が翳った。 (高耶さん……) 「高耶さん、何も不安になることなんてありません」 「え?」 「私があなたを導いてあげる」 「……なおえ?」 どうやら直江は、高耶の言った言葉に別の意味を重ねたようだった。 「私は常にあなたの傍にいて、あなたを照らしていてあげますよ。あなたが道に 迷ってしまわないように」 その言葉に高耶が小さく目を見開く。 「なんだよ、それ…」 どういうこと?と、真意を測りかねて尋ねる高耶の声はやや掠れている。直江は 、答えを求めるその瞳からそっと視線を外すと、 「――さて、今度こそ帰りましょうか。大分冷えてきましたねぇ」 「お、おい!はぐらかすなよっ!きちんと説明しろ!!」 ガバッと身を起こしつつ高耶は直江に詰め寄った。それに、ふっ、と笑みを返す と、 「嫌ですよ。あなただってさっきはぐらかしたでしょう?」 「へ?」 「ですから、ブランコの所で」 ブランコ……? 「…あぁ!」 やっと合点がいった高耶に、でしょう?と視線を返す。 「おまっ…。そんな小っせーコトいつまでも覚えてんなよっ」 「そんなの私の勝手でしょう」 噛みつく高耶に直江はにべもない。 高耶はふるふると震えると、 「あー、もうっ!お前って奴はこれだから…」 「何ですか?」 「……大好きだよ、コンチクショウ!」 今度は直江が目を見開く番だった。 「……!?た、高耶さん、いま何て……!」 おわり (2001.07.10改稿) |