White Christmas
桜井さま
肌寒さを感じて、高耶は手を止めた。片づけていた仕事を一時中断し、暖を取ろうとヒーターの温度を上げる。
ついでに休憩を取ろうと、幹部用の部屋の備え付けのソファに深く腰掛けると、ふと、真正面に位置する窓に目がいった。もう夜もふけ、辺りはだいぶ暗い。時計は日付が替わったことを示している。
「どうりで寒いわけだ」
外はいつの間にか雪が降っていた。今年初めての雪だ。しんしんと降り積もる雪は、外の世界を白一色に染め変えてゆく。この調子だと明日には結構積もっているかもしれない。それこそ、雪だるまでも作れそうなほど。
明日1日くらい隊士たちを休ませてやってもいいかもしれない、と高耶は思った。初雪にあいつらはきっとはしゃぐだろう。
(卯太郎なんか、真っ先に喜んで外に出ていきそうだな)
情景がありありと頭の中に浮かんできて、高耶は思わず微笑んだ。
部屋の中は先程温度設定を変えたおかげで、だいぶ暖かくなってきた。心地の良い暖かさに、だんだんと眠気が襲ってくる。
(少し…だけ…)
毛布も何も掛けず、ソファに座ったそのままの状態で、高耶はゆっくりと目を閉じた。
今にも眠りに突入しようというその時、扉を叩く音が聞こえた。
「高耶さん、起きていますか?」
聞き慣れた声に意識が浮上する。眠い目を擦りながらも、高耶は扉を開けるべく移動した。
扉を開けるとそこには直江の姿。
「ああ、すみません…起こしてしまったようですね」
眠そうな高耶を見て、直江は申し訳なさそうな顔をした。
「別に気にしなくていい。それより、何の用だ?」
「あなたとクリスマスを祝おうと思ったんですよ」
そう言って、直江は手にしているシャンパンを見せた。もう片方の手にはワイングラスがふたつ。
「そうか…今日はクリスマスか」
「ええ、25日ですよ」
最近は忙しくて、カレンダーで日付を確認することさえ怠っていた。もうそんな時期になっていたとは、まったく気付かなかった。
しかもどうやら今年はホワイトクリスマスのようだ。街は色とりどりのネオンが飾られ、恋人たちで溢れていることだろう。夜空の下で、又は暖かな部屋の中で降り注ぐ雪を眺めながら。
「ここじゃ寒いだろ、中入れよ」
「はい」
「ちょっと散らかってっけど、その辺適当に座ってくれ」
確かに、デスクの周りは資料その他で溢れている。だがそこまででもない。
高耶はまっすぐに先程までいたソファに戻った。直江もその隣に寄り添うように腰掛ける。
テーブルの上にシャンパンとグラスを置くと、直江は手際よくコルクを外し、ふたつのグラスにそれを注いでいく。薄い琥珀色の液体がだんだんとグラスに満たされていく様を、高耶はじっと見つめていた。作業を終えると、直江は片方を高耶に手渡し、自分ももう片方を手に取った。
軽い音を立ててグラスが重なった。
「「メリークリスマス」」
言葉を交わし合い、それからグラスを口に運ぶ。口に含んだシャンパンはとても甘く、そして美味しかった。
しばらくの間ふたりは何も言わなかった。その間も外では静かに雪が降り続いていた。
先に静寂を破ったのは高耶の方だった。
「前にもこうやってクリスマスを祝ったことがあったよな。あの時はオレが料理作ってさ。ごめんな…今年は何もなくて」
「あなたとこうして祝えるだけでいいんですよ。私にとってそれが一番嬉しいんです」
「でも…っ」
高耶の言葉を遮って直江はその身を抱きしめる。突然のことに高耶は驚いたが、すぐにそのぬくもりに身体を任せた。目を閉じて直江の肩に顔を寄せる。一体どれくらいの時間そうしていただろうか。高耶にはとても長く感じられたが、実際にはそれ程時間は経っていなかったのかもしれない。
いばらくして顔をあげた高耶に向かって、直江は微笑み、額にそっとくちづけをおとした。
くちづけは順を追って額から頬へ、それから首筋へと降りていく。心地よい感覚に身を任せながら、高耶は眼を開けた。
外の雪はいつの間にか吹雪へと変わり、風の音が部屋に響く。
それを見て考え込むように再び目を閉じた高耶に、直江は優しく問いかけた。
「何を考えているんですか」
「ん…」
その間にも口づけは止まらない。むしろ高耶に言葉を紡がせるよう仕掛けるようにそれは執拗だ。
いまにも流されそうになりながらも、高耶は答える。
「キリストはこんな吹雪の日じゃなくて、星空が見える夜に生まれたんだよな、って思って。ほら、誕生日今日だろ?」
「…そうですね」
どこか苦しそうに直江は同意する。
自分は何か直江の気に入らないことを言ってしまったのだろうかと、高耶は考える。自分の言葉を聞いた直後に直江の態度は急変した。ならば、やはり自分が悪いのだろう。
「直江…どうしたんだ?」
心配で、尋ねずにはいられない。同時に、また傷つけてしまったのだと、高耶はしゅんとなる。
それを見て直江はゆっくりと口を開いた。
「今日は…キリストが生まれた日です。ユダが最も愛し、そして最も憎んだ…」
「直江…」
「キリストは何も言わなかった。ユダが裏切っても、その身が十字架にかけられても」
「…」
「俺はユダじゃない。俺は決してあなたを裏切ったりなどしない―――!」
そしてまっすぐに高耶を見つめ、直江は恭しく手の甲へくちづける。
直江の好きなようにさせながら、高耶もその視線を受け止める。
「…ユダはくちづけをもって、イエスへの裏切りの合図とした」
自らの手で聖人を罠に掛けた。相手がすべてを知っていると分かっていてもなお、止められなかった裏切り。
「…そんなこと、俺はしない…神に誓っても」
少しだけ懺悔を含むような直江の言葉から、高耶は痛いほど想いを受け取った。
「分かってる」
そっと、宥めるように直江を抱き寄せた。
「もう何も言わなくていい…何も言わなくていいから」
「高耶さん…」
「おまえがいてくれて良かった…愛してるよ、直江」
「私も、あなたを愛している」
強く強く抱き合う。存在を確かめるように。
唇を重ね、互いの舌を絡め取る。不埒な手は服の下に潜り込んで肌をまさぐり、唇は首筋に、胸に、紅い華を散らしてゆく。深い深い快楽に溺れながらふたりは肌を重ねてひとつになる。唇からは絶え間なく甘い吐息が漏れ、濡れた音が部屋を支配する。
何も考えられないほど強く、溶けてしまいそうな程深く相手を貪り、求めあう。
それでも、欲望は果てることがない。何度抱き合ってもまだ足りない、と。
深く深く交わりながら、今はただ相手を想う。
離さない、離れない―――もう二度と。
願わくは、永劫の時間を共に…。
雪が降りしきる聖夜。
ふたりきりで祝う聖誕祭。
Merry Christmas
どんな境遇であってもこういう日は必ずワイン持ってきそうですね、直江は。
Decadent Eveのころの二人と比べると、二人ともずいぶん遠いところまで
きたなあ、とおもうけれど。どこにいても二人一緒ならいいよね。
翌日は雪合戦だそうで♪そちらの中継もみてみたいような(^^)
桜井さま、いろいろな意味で今年の直高のクリスマスにふさわしい
小説をありがとうございましたvv