ラマダーンの子守唄
「また食べていないんですか」
ワゴンに乗った、手付かずのままの食事の皿を一瞥して、直江は
溜息をついた。
城の最も奥まったところにある寝室。最低限に照明を押さえた部屋
には、どこか濃密な艶を帯びた香が焚かれている。明るい居間から
入ってくると、目が馴れるのにしばらくかかりそうな暗さだったが、
食事をするのに不自由しないようにと、ナイトテーブルのランプを
つけておいたはずだ。
「朝も昼も、ムスリムでないあなたにはちゃんと食事を持ってきた
はずだ。まさか好き嫌いで食べないわけじゃないでしょうね 」
用意した食事は一応イギリス人の高耶の味覚に合わせたものだ。
そもそも多少口に合わないからといって、3日も食事を抜く者はいない。
詰問口調で話しかけられた高耶は、上掛けを頭から被り、直江に
背を向けたまま、ぴくりともしない。上掛けからは黒光りする鉄製の
鎖がはみ出て、ベッドの足に向かって垂れ下がっていた。
「ジッドはどうした」
根競べのような長い沈黙の後、上掛けの中からくぐもった声が
たずねた。
ジッドは高耶がここに監禁されてからずっと、高耶の世話を
していた少年だ。主に高耶の食事を運んだり、 直江に傷つけられた
箇所に薬を塗ったりしていた。そのジッドがここ数日姿を見せない。
食事や薬を運んでくるのは、いつも違う人間だった。
「彼には別の仕事をさせています。あなたの不興をかってしまったと
大層気にしていますよ。食事をとらないのも、きっと自分が
運んでいたせいだと 」
言外に責める直江の言葉に、高耶は上掛けを被ったまま、唇を
かみしめた。別にジッドに腹を立てているわけではない。
まだ顔に幼さが残る小柄な少年は、妹が生きていたら同じくらいの
年だったということもあって、心底から邪険にはできなかった。
しかしそれをこの男に言ってやる義理はない。
あくまで反抗的な態度をとり続ける高耶に、直江の直江の両目は
すっと細くなった。
「いいかげんにしなさい。あてつけに餓死でもする気ですか」
「…オレに命令するな。この最低のカス野郎」
直江の眉が上がった。ぴくり、と目の前の塊がみじろきしたのを合図に、
力強い腕が上掛けに伸びる。
激しいもみ合いの後に、直江は強引にそれを剥ぎとった。
身体と頭を覆うものを奪われた高耶は、全裸のままベッドに横たわって
いた。手足につけられた重そうな鎖が、無防備な姿に妙に倒錯的な
印象を加えている。 太陽に愛された肌を惜しみなくさらした獣は、
両の瞳に殺気をみなぎらせて直江を睨みつけていた。飢えている
せいか、ぎらぎらと物騒な光を放つ黒い瞳は、普段よりいっそう
凄みを増している。
唸り声さえ聞こえてきそうな凄まじい形相に、だが直江は微塵も動じた
様子はなかった。
「3日も絶食して、まだそんな生意気なカオができるとは大したもの
ですね」
感嘆すら浮かべていた直江の表情が、ふと意地悪げに歪んだ。
「…俺が他の人間を抱いたのがそんなに嫌だった?」
バシッ!とすごい音が室内に響いた。
打たれた頬に指を這わせた直江は、そこにべっとりとついた血を眺めた。
平手をかましたときに一緒に引っ掻いたのだろう。直江はゆっくりと
高耶の方を向いた。暗がりに浮かび上がるその形相に、さしもの高耶も
思わず凍りついた。
「…断食中の男は刺激しないほうがいいですよ。日中の禁欲で
気が立っている――特に今夜は何も食べていないのでね 」
地を這うような声が最後まで言い終らないうちにのしかかってきた。
飢えた肉食獣そのもののように高耶の首筋にかぶりついた。
柔らかい肉に食い込む歯の感触を感じながら、高耶はこのまま
思い通りにさせてなるかと必死に抵抗した。
だが、もともと体格が違う上に、絶食がきいている。
指で無理やり秘所をこじ開けられて、高耶の目尻に悔し涙が滲んだ。
「やめろ…ッ――汚い手で…オレに触るな…ッ」
無遠慮に絡みついてくる手から逃れようとしきりに身を捩るが、かえって
その動きが内部に入り込んだ男の指をリアルに感じさせた。だがここで
流されたら、直江の思うツボだ。この男がよろこぶような声なんか
一切あげない。感じてもやらない。
固く目を閉じ、吐息も殺して、高耶はせりあがる快感をこらえようとする。
だが男は高耶の抵抗などおかまいなしに、無理矢理四つん這いにさせ、
力強い両手で華奢な腰を高く上げさせた。頑なな高耶の心そのものの
ような、潤いきっていない蕾に己の怒張を押し当て、一気に貫いた。
高耶の喉から鋭い悲鳴が漏れた。間髪入れずに動く度に、喉の奥から
押し出されるように呻き声がもれる。内部を抉られる度に身を裂かれる
ような痛みが突きぬけた。
(苦痛だけならまだマシだ…)
すでに数えきれないくらい犯されていた。昼も夜も。時には今のように
無理矢理貫かれ、時にはじっくりと時間をかけて、高耶に思うさま
恥辱を味あわせた。
手加減のない今夜の直江の仕打ちは、このまま犯り殺すつもりでは
と疑うほどの乱暴さだが、高耶が心底恐怖するのはそんなことではない。
苦痛と同時に背筋を駆け上ってくる熱――出入りする男の肉棒の熱さを
心のどこかで心地よいと感じてしまう自分だ。
目の前で直江に抱かれながら、快感に喘いでいた少年。
今の自分はきっと、彼と同じ表情をしているに違いない。
――誰がそんなことするかっ!
屈辱的な体位を自分からとるように命じられた高耶は、当然のごとく
反抗した。
――毎日毎日サカリやがって。男とヤリたきゃジッドとでもヤってりゃ
いいだろ!?
深い意味はなかった。ただこの城の者たちで高耶が名前を知っている
者が限られていただけだ。それと、無口な高耶に話しかけるジッドの
口から幾度となく「アジュラーン様」の名前を聞いて、少々おもうところが
あったかもしれない。ジッドが直江のことを話すときにはいつも、
憧れと尊敬がその口調にこもっている。
ちょうど直江を呼びにきたジッドが戸口で固まっていたのを見たときには
もう遅かった。
――そうですね…。
意地悪く笑った直江は、優しくジッドを呼び寄せた。戸惑いながらも側に
くる少年を、高耶に対するのとは打って変った動作でベッドに引きずりこむ。
――あ…の…?
頬を赤くして直江を見上げる世話役の少年の長衣の裾から手を
入れると、一番弱い部分を握りこんだ。
――…あ…ッ。
――このひとがあまりに聞き分けがないのでね。ジッド、おまえが
お手本をみせてやってくれないか…?
――あ…ん…アジュラーンさまぁ…
ベッドに繋がれた鎖は、高耶がそこから離れることを許さない。
ジッドはまったく抵抗しなかった。普段のどちらかというと
はにかみ屋らしい少年の面影はどこにもなかった。高耶が見ている
前で、直江が命じればどんな恥かしい格好もしてみせた。うっとりした
表情で直江の分身を咥え、奉仕の末に吐き出された精を一滴
残らず飲み干した。しまいには直江の上に乗って自分から直江を
受けいれ、直江に言われるままに繋がった部分が高耶に見える
ように仰向けになって足を開き、淫らに腰を振った。
目を背けて、耳を塞いでしまえばいいのに、高耶は二人の行為から
目が離せなかった。直江に貫かれながら、自分から腰を振って
悦んでいる少年の表情。首筋まで赤くして、周りもはばからず
女のような声をあげているその痴態に、高耶は慄然とした。
(オレは、あんな表情をしているのか)
(あんな声をあげているのか)
(この男に抱かれながら)
吐き気がした。今は無理矢理でも、いずれはこの少年のように
自分から足を開いて男を誘うようになるのか。人目も気にせず、
自分から腰を振りながらあんな声をあげるようになるのか。
この時自分が呑みこんだ重い塊の正体に、高耶はまだ気づいて
いなかった。
男の一物に後ろの穴を擦り立てられ、自分のものとはおもえない濡れた
声をあげている。淫乱女みたいな声。そんなにこの男のコレが好きか。
自分が殺そうとした男に犯されて嬉しいか。
下司なホモ野郎め――
「アッ…ァ…ァアア――ッ」
カラカラになってひび割れた心とは裏腹に、高耶の身体は追い上げられ、
内部に男の精液が注がれるのを感じて逐情した。
ズルリ、と男のモノが引き出される感覚に、高耶は唇をかみしめて
耐えた。身体が離れるなり背を向けようとする高耶を、逞しい両腕が
阻んだ。
まだやる気か、と身構えた高耶の身体を、直江はただ、抱き締めた。
深い溜息が頭の上から聞こえた。
「この前のことは謝りません」
胸に頭を埋めさせ、艶のある髪を撫でながら直江は言った。口では
そういいながらも、髪に触れる手は優しかった。
「でもあなたが嫌なら、私はこれから先一切他の人間には触れない。
妻も側室も持ちません。だから… 」
ちゃんと食事をとってください。
と、大層な誓いの割には滑稽な懇願に、高耶は自分への嫌悪感も
忘れて、思わずくすりと笑った。
それを聞いて、直江の顔もうれしそうに綻ぶ。
「はじめて笑ってくれましたね」
その声に高耶ははっと我に返った。先刻の直江の言葉を思い出した。
「おい、オレは別に――」
直江が誰を抱こうが関係ない。高耶が衝撃を受けたのはそんなこと
ではない、はずだ。
顔も見たくなかったはずの直江を見上げて抗議しようとしたが、
振ってきたキスに阻まれた。
濃厚な、濃密な、長い一夜を予感させるくちづけ――
「いいんですよ。これは私の誓いですから」
それは高耶が直江の手から逃れる日よりも、しばらく前の
できごとだった。
おわり
1970年のラマダーンて何月だ?…調べてないので、調べないように(^_^;)
一応Assassin6話と7話の間(高耶さんが監禁されている間)のできごとの
つもりなのですが、本編とつじつまのあわないところがぼろぼろあるので
切り離して考えて下さい;;;この話のどこが子守唄!?っつーツッコミもナシです(^_^;)
しかしこの直江…サイテーヤローかも…。