亥の月亥の日亥の刻に、亥の子の形をした餅を食べると、無病息災で暮らせるという習慣がこの時代にはあった。
「そうか…そういやそんなのもあったなあ」
この時期、宮中は行事続きで、しかも領地の田畑は収穫の時期でもある。
朝出仕した時にそんな話があったかもしれないが、その後午前中は衛士府で仕事をし、
午後は屋敷の裏で畑仕事をしていた。
自分で育てて収穫した野菜を手に屋敷に戻るまで、南郷はそのことをすっかり忘れていた。
朱塗りの盆には亥の子を模した小さな餅が並べられ、紅葉の葉できれいに飾りつけられている。
「先ほどの野菜と一緒にこちらもお包みしますね」
「えっ」
「お社に行かれるのでしょう?」
心得顔の女房にそう言われて、南郷はどきりとした。
別に今日出かけるとは言っていなかったはずだが、すっかりお見通しらしい。
そうしてくれと伝えて、南郷は傍らで尻尾を振っている、呪符を身体じゅうにはりつけた大きな白い犬を見下ろした。
名を砕牙(さいが)という、アカギの式神だ。彼と出会ったあの悪夢の晩に何度となく南郷の命を助け、
おまけに主人と違ってずいぶん人懐こいので、つい情が移って借り受けたのだ。
屋敷に連れ帰りたいと言った時、アカギはなぜか、ひどく複雑な表情をしていたけれど。
「あいつ、いるかなあ」
呪符でガサガサする頭を撫でてやると、砕牙は気持ちよさそうに頭を差し出し、目をつぶった。
アカギと最後に会ってから、もうひと月ほどになる。
それまでは三日とあけずに会いに行っていた。その日に収穫した野菜やら煮豆やらを持っては山の上の社まで上り、
月が見えなくなるまで縁側で話をして、後は部屋で夜明け前まで睦みあった。
ところがひと月ほど前、アカギが夢に現れ、当分会えないかもしれないと告げられた。
いつ会えるのかときいたがわからない、とそれだけ。
ただの夢かも、と思って翌日社に行ったが、出てきたのは女房一人きりで、主人は留守にしておりますと答えるばかりだった。
神主の市川と共に、旅にでも出ているのだろうか。
無茶して怪我などしていなければいいが。
呪符のついていない真っ白な腹を見せて、撫でろと催促する砕牙に応えてやりながら、
いないかもしれないけど亥の日だし、ちょっとだけ様子を見に行こう、と自分に言い訳した。
つづく
悪あがきで南郷さん強化月間に参加!
続きものですみません。原稿おわったら更新します〜
「蚕霊」でつけようとおもっていた五ヶ月後のおまけ話です。
亥の月は旧暦の十月ですが新暦の十一月にあたるのでこっちに。
南郷さんは下級貴族で貧乏なので、午前中は出仕、午後は畑仕事をしている設定です。
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アカギ部屋
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