十一月 銀杏
2 南郷が想いを馳せていた相手は、実は京からそう離れてはいない、山の中にいた。 「嚴の雷(いずのち)来りて、天降し依し給え」 その直後、頭上の雲が唸り、雷鳴と共に目の裏まで灼き尽くすような稲妻が、長身の鬼の頭上に落ちた。 「封文(ふうもん)」 呪符をかざすと善鬼の周りに風が起った。風は鬼を取り込んで呪符の中へと消えていき、そしてその呪符もアカギの手の中に溶けるように消えた。 落雷と同時に雲は霧散し、月明かりが照らす森の陰から、一人の老人が姿を現した。 「いつの間に雲来、雷来の祝詞なぞ覚えやがった。悪知恵使いの子猿めが」 「あんたが覚えろって言ったんだろ。書庫から役に立ちそうなのを見つけてさ」 アカギがクク、と笑いながら答えると、市川はますます苦虫を噛み潰したような顔になった。 「善鬼はもらった。今度は護鬼をもらうよ」 善鬼との戦いでアカギはそこかしこに傷を負い、狩衣は無残に破れ、ひどい有様である。それでも口内にたまった血を地面に吐き、なおも続ける気でいる少年に、市川は鼻を鳴らした。 「立つのもやっとなくらい『気』を使い果たしておいて何を言っている。今のお前から善鬼を取り返すなんざ容易いことだ」 「まだやれる」 アカギは言い張ったが、とうとう身体を支える力も失い、地面に倒れてしまった。 「護鬼。このガキを社の裏の川にでも放り込んでおけ」 善鬼とそっくりな、筋肉隆々の巨体が、アカギの身体を軽々と抱え上げた。 「あんたも帰るんじゃないの?」 ――なけなしの『気』をふりしぼって放った鬼火は、背中に届くはるか手前で難なく消されてしまった。 |
||