十一月 銀杏

2

南郷が想いを馳せていた相手は、実は京からそう離れてはいない、山の中にいた。
オオオー…ッ
雄叫びと共に繰り出される攻撃を避けつつ、アカギは炎の龍をけしかけ、千の氷の刃をその巨体に突きたてる。
相手が瀕死の状態になるまで体力を削らないと、自分の式神にすることはできない。
だが、アカギの倍ほども身の丈がある、筋肉隆々のこの鬼――善鬼は、その辺にいる魍魎とは比べ物にならないほど手強かった。
かつてアカギの身を守ってくれたこともある市川の式神は、今は敵となって彼に襲いかかる。
掌底、昇拳、後ろ回し蹴り…善鬼の攻撃はいずれも手足を使った物理攻撃だが、
一撃で木をなぎ倒し岩を砕くその攻撃を一度でもまともに食らえば、そこで勝敗は決してしまうだろう。
直撃だけは何とか避けながら、アカギはじりじりと後退していく。
口の中でしきりに何かを呟いているが、彼の攻撃は一向に善鬼に効いているようには見えなかった。
周りの木を豪快になぎ倒した回し蹴りを避けて、アカギはとうとう、頂上近くの、森の切れ目に来た。
そこだけ木が生えていない、ぽっかりとした空間。そこには夜空と共に月と満点の星が広がっているはずだった。
空が近い。いつのまにか集まった厚い雲が、彼らの頭上を覆っていた。
アカギの口端がつりあがる。
善鬼が彼を追って森から出た瞬間、彼は地面に手を突き、唱えた。

「嚴の雷(いずのち)来りて、天降し依し給え」

その直後、頭上の雲が唸り、雷鳴と共に目の裏まで灼き尽くすような稲妻が、長身の鬼の頭上に落ちた。
これにはさすがの善鬼もかなわず、うめき声を上げながらどうと地面に膝をついた。

「封文(ふうもん)」

呪符をかざすと善鬼の周りに風が起った。風は鬼を取り込んで呪符の中へと消えていき、そしてその呪符もアカギの手の中に溶けるように消えた。

落雷と同時に雲は霧散し、月明かりが照らす森の陰から、一人の老人が姿を現した。
その表情はひどく苦々しい。
背後には、先ほどアカギと戦っていた善鬼と瓜二つの、白髪の鬼が、ひっそりとつき従っていた。

「いつの間に雲来、雷来の祝詞なぞ覚えやがった。悪知恵使いの子猿めが」

「あんたが覚えろって言ったんだろ。書庫から役に立ちそうなのを見つけてさ」

アカギがクク、と笑いながら答えると、市川はますます苦虫を噛み潰したような顔になった。

「善鬼はもらった。今度は護鬼をもらうよ」

善鬼との戦いでアカギはそこかしこに傷を負い、狩衣は無残に破れ、ひどい有様である。それでも口内にたまった血を地面に吐き、なおも続ける気でいる少年に、市川は鼻を鳴らした。

「立つのもやっとなくらい『気』を使い果たしておいて何を言っている。今のお前から善鬼を取り返すなんざ容易いことだ」

「まだやれる」

アカギは言い張ったが、とうとう身体を支える力も失い、地面に倒れてしまった。

「護鬼。このガキを社の裏の川にでも放り込んでおけ」
「御意」

善鬼とそっくりな、筋肉隆々の巨体が、アカギの身体を軽々と抱え上げた。
それに目も向けず、盲人とは思えないしっかりとした足取りで山を降りようとする市川を、護鬼に抱きかかえられたアカギが呼びとめた。

「あんたも帰るんじゃないの?」
「あの男が来るんだろう。今宵は四条に行く。お前の鳴き声はうるさいからな」

――なけなしの『気』をふりしぼって放った鬼火は、背中に届くはるか手前で難なく消されてしまった。

つづく

だんだん何の話やらわからなくなってきた…。

3

アカギ部屋