十一月 銀杏


5


都の朝は早い。夜明け前に衛士府につくために、南郷はまだ暗いうちに山を降りた。
久々に抱いた愛しい身体を何度も引き寄せ、名残惜しく口づけを繰り返して、昼にまた逢いに来るからといって、社を後にした。
今朝がたまで何度も抱いた華奢な身体を思い出しながら、ぼうっと仕事をこなし、昼になるとそそくさと衛士府を後にした。



三条を東に向かい、険しい山道を登って、今朝がた心を残してきた社へと向かう。
息を切らしながら鳥居をくぐると、そこは一面、金色の布を敷いたようになっていた。
昨夜も今朝も夜だったために気がつかなかったが、足元には黄色い扇状の葉が幾重にも重なって、
境内を金色に染めていた。


アカギは、と見回すと、彼は自分の身長とそう変わらない竹箒を手にしたまま、ひときわ大きなイチョウの木を見上げていた。
浅葱色の狩衣を身につけ、背筋をぴんと伸ばしてたたずんでいる姿は清冽という言葉がぴったり合った。
細い首を反らせ、白い顔を仰のかせて、未だに黄色の葉を茂らせている木を、無心に見つめているその表情に、南郷は心打たれた。
全ての欲や執着から解き放たれた、綺麗な表情だった。
自分にはあんな表情は生涯できない、と思った。子供の時ですら、何かしらの欲や執着はあった。
木の精霊か何かのように、金色の気で包まれて大気に溶けてしまいそうな、胸が締め付けられる光景だった。




「南郷さん」

見上げていた目が少し細められて、いつもの表情に戻ったアカギがこちらを振り向いた。
光の加減か、瞳の色が赤みがかっている。

今朝がた別れたばかりだというのに、何と言っていいのかわからず、南郷はよう、と口の中でもごもごと呟いた。
首から上が熱い。先刻まであんな表情をしていた彼にみつめられていると思うと、ひどく落ち着かない気持ちになった。
気まずい沈黙(と思っていたのは南郷だけだろうが)を打ち消すために、このままでも綺麗なのにな、と彼が掃きかけている黄色の落ち葉を指差した。

「ジジイが、雨が降ったら汚くなるから、今のうちに掃除しておけってさ」
「降るのか」
「今夜ね」

彼がこう言った時には必ず雨が降る。何でも湿った風が吹くからわかるそうだ。
このところ晴れの日が続いていたが、南郷は顔を曇らせて、雨かあ、明日の朝までに止むといいが、などと帰りのことを心配しはじめた。
すでに今夜も泊るつもりでいる。

「しかし、今夜までに、これだけの落ち葉を片付けるのは大変だなあ。なんなら手伝」

みなまで言い終わらないうちに竹箒を押しつけられた。

「オレは向こうをやるから。頼んだよ、南郷さん」

そして自分は、まるでこうなるのを見越していたかのように、そばに立てかけてあった、もう一本の竹箒を手にすると、さっさと別の場所に行ってしまった。


手伝うことに異存はないが、なにか釈然としない気持ちになりつつも、南郷は金色の落ち葉を隅へと追いやることに専念した。
鳥居を挟んだ向こう側では、アカギが同じように落ち葉と格闘している。
これじゃあ話もできないじゃないかと思ったものの、釈然としない気持ちはやがて仕方ないなあという苦笑めいた気持ちに変わった。
これが惚れた弱みというやつだろうか。
せめて早く終わらせてアカギのそばに行こうと、南郷は箒を掃く手に力を込めた。

おわり

やっとイチョウ出せた!さんざんやっておいて今さら13歳に恋する南郷さんでした。
平安中期にはイチョウの大木なんぞなかったかもしれませんが、諸説あるし(とごまかす)
砕牙の伏線(?)を回収し損ねた…。

4

アカギ部屋