アカギの長い夜

 

 

昔々、アカギという大国をおさめている一族がおりました。
中でも涼介という王様は年若くして即位しながら、見目良く文武両道の名君と評判でした。
涼介には啓介という弟がおりまして、これまた見目良く、乗馬や剣や弓の腕前は
涼介を除いては右に出るものはいないとこれまた評判でした。
涼介は啓介をこの上なく可愛がり、望むものは何でも与えるほどでしたが、
ひとつだけ困っていることがありました。
啓介はとても女癖が悪かったのです。

もちろん、涼介とて妃はいないものの、適当に女を見繕っては遊んでおりました。
ですが啓介のそれはそんなレベルではありませんでした。
涼介はどちらかというと遊びなれた、後腐れのない女を選びましたが、
啓介は未通娘ばかりに手をつけました。
しかも一晩で飽きて捨ててしまうので、ある時さる王国の姫君に手をつけた時など、
あわや戦争になるところでした。

「だってよー、リンゴでも何でも最初の一口が一番うまいじゃん。それ以降はなんか飽きるんだよなー」

ある意味サイテーな部類の男です。
が、そんなんでも涼介にとってはかわいい弟。
他国の姫君にくらべれば比較的問題の少ない、国内の娘を連れてこさせておりましたが、
どんな美しい娘をあてがっても、啓介は一晩で飽きてしまい、他の娘を要求してきます。
とうとうアカギで、啓介が手をつけていない年頃の娘は一人もいなくなりました。

 

さて困ったのは涼介でもなく、啓介でもなく、涼介からじきじきに娘の調達を命じられていた、
親衛隊長で王の従兄弟でもある史浩でした。

「くっ・・・何が何でも日没前に新規獲得、いや未通の娘をみつけなくては・・・」

まるでノルマに追い立てられる営業マンです。
キリキリと痛む胃のあたりを押さえながら、史浩はめぼしい娘を探して
街中を捜し歩きましたが、目に留まるのは見覚えのある娘ばかり・・・
つまり、一度王宮に連れて行って一晩で帰された娘ばかりでした。
それでも史浩には何としても新しい娘を連れてこなければならない理由がありました。
こちらが娘をあてがわなければ啓介は自分で娘を物色しに街へでかけてしまいます。
それは決まってろくなことにならず、しかもその尻拭いをするのは涼介でもなく、
啓介でもなく、親衛隊長で王の従兄弟でもある史浩だったからです。

「この際、13才以下の娘でもよしとするか・・・」
「隊長、それ犯罪です」

馬車の前にふらりと身投げしてしまいそうなほどに追い詰められた史浩がついそんなことを考えていた時。

「うわっ!」

考え事をしていたのがいけなかったのでしょう。どん!と何かに思い切りぶつかりました。
ついでばちゃ、という音が。
もう少しで悪魔に魂を売りそうになっていた史浩は、その音ではっと我に返りました。

「あっ、失礼・・・」

しまった、と振り返った先に見たものは、地面にころがった天秤と無残に崩れた豆腐。
そして、それを呆然と眺めている青年の姿でした。

 

 


「本当にすまなかった。もちろん豆腐は全部弁償するよ」
「いや、俺もぼーっとしてたし・・・でもそうしてもらえると助かります」

それなら親父に殴られずに済むし、とぼそぼそと呟く青年を史浩はしげしげと観察しました。
年のころは18くらい、薄い色の目と薄い色の髪。よくみるとなかなかに整った顔立ちです。
男にしては色白でほっそりした首筋に洗いざらしのターバンからこぼれるおくれ毛がなかなかそそる感じです。

(啓介はああ見えて清楚でおとなしい感じの娘が好みなんだよな)

国中の娘をあてがっていれば、いいかげん啓介の好みもわかろうというものです。

「君、名前は」
「はぁ、藤原拓海ですけど」

じろじろ見ている史浩に特に気分を害すわけでもなく、拓海という青年はぼんやりと答えます。
史浩の考えを察したのは、おつきの部下でした。

「隊長、この者は男ですが」
「うーむ・・・この際仕方があるまい」

(年端もいかぬ童女を差し出すよりは年頃の男を差し出した方が
まだ良心の呵責を感じずにすむというものだ。
とりあえず今夜はこれで間に合わせ、明日までに本物の娘を探せば・・・。)

史浩の心は決まりました。

 


「ちょっとオレらの話を聞いてもらいたいんだけど・・・」

またの名をアカギ王国の外報部長、史浩は得意のセールストークでさっそく拓海を口説き落としにかかりました。

「お互いサ・・・アカギが好きでこの国で生活しているわけだけど・・・
地元だけでつるんで生活してるとそのうちだんだんマンネリになってくるんだよねー」
「はぁ・・・?」

一体この男は何を言い出すのか。わけがわからず小首をかしげる拓海に、
よし、これならいけると史浩はトークを続けます。

「やっぱレベルアップのためには、たまには交流して新しい刺激をいれた方がいいと思うんだよ・・・
そこでひとつ提案なんだけど、今夜王宮で、うちの王子の閨の相手をしてやってくんないかな・・・」
「・・・えーと・・・え?」

マンネリ?レベルアップ?交流?閨の相手?
王子の?

耳慣れない言葉が混乱した拓海の頭の中でしばらくぐるぐる周り、ようやく意味がのみこめたとき。

「ざけんなぁぁ――ッ!!」

バキィィッ!

鈍い音と断末魔の悲鳴がご近所じゅうに響き渡りました。

 


「事情はわかったけど・・・俺やっぱ嫌ですよー。その王子だって俺なんか連れて行ったら
かえって怒るんじゃないですか?」
「そんなことはない、別に・・・コホン、必ずしもそういうコトをしなくてもよいから、
一晩王子の話し相手になってやってくれないか――と隊長は言っておられる」

おとなしそうな顔に似合わぬ豪快な拳を史浩にお見舞いした拓海は、
おつきの者の命がけの弁解でようやく怒りを解き、
二人を家に招き入れて史浩に湿布をつくってやりました。
口がきけなくなった史浩は、馬の世話をするからと納屋に行く拓海の後についていき、
おつきの者にメモを読ませて、一生懸命説得しました。

えー・・・でも何話していいかわかんないですよー。
と一頭しかいない馬に丁寧にブラシをかけてやりながら、拓海は渋ります。
その様子に史浩は、話の矛先を変えてみました。

「・・・その馬は君の馬かい?と隊長は言っておられる」
「え?いえ、親父のです。俺、自分の馬を買う金なんかないから・・・」

白黒のどさん子のたてがみをいとおしそうに撫でる拓海の表情に、史浩の目がきらりと光りました。

「自分の馬が欲しいか?と隊長は言っておられる」
「そりゃー欲しいよ・・・自分の馬だったら、いつでも好きなときに乗れるし。
それに・・・いろんなところのレースにも出られるから」

照れくさそうにぽそぽそと夢を語る拓海の声に、カリカリと熱心なペンの音が重なりました。

「もし申し出を受けてくれれば、王宮の馬を一頭やる。と隊長は言っておられる」
「え・・・ええっ!?」

 


王宮の馬。それは拓海が一生働いても買えない駿馬に違いありません。拓海の心は当然揺らぎました。

「あ、でも・・・」
「なんだ?と隊長は言っておられる」
「そういう馬って、やっぱ飼葉とかも特別なんですよね?」
「まあ、そうかもな。と隊長は言っておられる」
「じゃあダメです。親父、すっげーケチだから」

早々に話を切り上げようとする拓海に、史浩は慌てました。

「待て。選んだ馬用の飼葉も無期限でつけるから!なんならその馬の分をつけてもいいぞっ!と隊長は言っておられる」

飼葉無期限!?

この条件はめちゃくちゃぐらっとくるぜ・・・俺金ねぇから・・・

 

(勝った)

真剣に悩む拓海の表情に、史浩は胸のうちでガッツポーズをとりました。

 

 

小説部屋


みに啓拓その2です〜。ベースは「世界一長いおとぎ話」といわれている、かの千夜一夜物語です。
世界一長い啓拓おとぎ話になるか!?(というか、本当に終わるのか・・・?)
かなりシモネタ風味のアホ話となりますのでご注意ください・・・。