31
それから啓介は何度も、拓海とであった海岸や、最後に消えた湖へ出かけましたが、彼の姿を見かけることは一度もありませんでした。
(あいつどうしてっかな〜。また先輩殴って壷に閉じ込められたりしてねーだろうな。魔族っていってもぼーっとして俺より頼りない様子だったし、またどっかでヘマやらかしてるんじゃないのか)
啓介は自分より若い外見の(実際には何百年も生きているようでしたが)、眠たげな青年の顔を思い浮かべました。
海辺ではめずらしい、色白の肌と、ターバンからその白いうなじへとこぼれおちる、薄茶色のやわらかそうな髪を思い出しました。
そうして気がつくと、啓介は毎日あの魔神のことばかりを考えていました。
(ああ〜くそっ)
ある日、啓介はとうとう決心すると、着る物や装備を整え、刀を肩につるして、もう一度あの魔神に会うために旅に出ることにしました。
(あの不思議な魚が捕れる湖、あいつが現れるまであんな湖は見たことがなかった)
そこで、再び魔神が案内した湖へと向かいました。
その湖がある荒野は4つの山々に囲まれており、その山の一つの頂上に、黒い建物のような影をみつけました。
啓介はその山に通じている小道をたどって、夜が明けるまで、先へ先へと、夜通し歩き続けました。
暑さの厳しい昼の間は休息し、気温が下がる夜の間じゅう歩き続け、三日三晩それを続けました。
やがて頂上に近づくと、黒い建物は、鉄板でおおわれた黒石造りの宮殿であることがわかりました。
正門の片方の扉はすっかりあいていましたが、片方の扉は閉じたままでした。
啓介は門の前に立つと、2、3度扉を叩きました。それでも、人の出てくる気配がありませんでしたので、
扉を思い切り蹴飛ばしました。それでもやっぱり、何の音沙汰もありませんでした。
「チッ、誰もいねーのかよ」
啓介は舌打ちすると、どかどかと正門から玄関先の広間に入り、控えの間を通り抜け、宮殿の真ん中まで進みました。
それでも、人影はひとつもありませんでしたが、しんと静まり返った宮殿の奥のほうから、かすかな声がどこからともなく聞こえてきました。
耳をそばだてて聞いていると、それは人がすすり泣いているような声でした。
啓介はその声のするほうへと、足を進めました。声は反響するので、方向を定めるのに苦労をしましたが、とうとう声の主がいるらしい部屋を見つけました。
そこは寝室らしく、窓のない部屋の奥には天蓋つきのベッドがありました。
帳の向こうに、すすり泣きの声の主の影がありました。啓介はそこに近づくと、ベッドの帳をめくりました。
「おまえは・・・」
そこには、啓介が探していた青年が、泣きはらした顔でベッドに座っていました。
「あんたは・・・啓介、さん?」
びっくり顔で見上げる魔神に、啓介はよう、と声をかけました。
「せっかく自由にしてやったのに、こんな辺鄙なところで何してるんだ?」
聞くと、拓海はくすんと鼻をすすりながら、腰から下を覆っている上掛けをめくりました。
するとどうでしょう。彼の華奢な上半身は生身のままで、へそから下は黒い石のように変わっていたのです。
「おまえ・・・これって」
とにかく訳をはなしてみろ、と促す啓介に、拓海は鼻をかんでから話はじめました。
30 32
小説部屋
|