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「ああ、お願いですから啓介さん、さっきのことは謝りますから、ここから出してください」
「ごちゃごちゃ言うな。おまえはせっかく壷の中から出してやったオレを殺そうとするような奴だ。
おまえをこのまま海に放り込んで、他の誰かが引き上げても間違って開けたりしねーように、
近所のやつらにいっておかねーとな。おまえはこの世の終わりまで海の底に住むことになるんだ」
これを聞くと、壷の中の魔神は涙声で訴えました。
「どうか出してください。あなたに約束します。誓います。決して悪いことはしません。
あなたが幸せになるようにひとはだ脱ぐつもりです」
大きな目をうるうるとさせてお願いする魔神に、啓介は負けました。
ただ、絶対に自分を苦しめないこと、それどころか、自分のために働いてくれること、
この二つを条件につけたのでした。
啓介はくどいほど魔神に約束をさせてから、壷をあけてやりました。
すると、煙の柱が立ち上り、すっかり外に出てしまうと、次第に濃くかたまって、
もとのぼーっとした青年の形になりました。
拓海はすぐさま、壷を取り上げ、海の中にえいっと放り投げてしまいました。
啓介は海の中に沈んでいく壷を見て、自分の命ももはやこれまでかと思いました。
しかし気を取り直し、
「決して悪いことはしないって約束したんだからな。
もし破ったらおまえは絶対ろくなことになんねーぞ」
とかみつくと、拓海はくすりと笑って、
「ついてきてください」
と小走りに海岸を歩いていきました。
啓介はかなり離れて(何をされるかわからなかったので)後からついていきましたが、
やがて、ふたりは都の町はずれもすぎて、荒れ果てた土地へでました。
そしてそこを横切ると、広々とした荒野へ降り立っていきました。
するとどうでしょう。その真ん中に小さな湖がありました。
拓海は水に入って、湖の真ん中まで進み、もういちど
「ついてきてください」
と言いました。
啓介がついていくと、拓海はちょうど湖の真ん中にたたずんだまま、
啓介に網をなげてみてください、といいました。啓介が水の中をのぞくと、
白や赤や青や黄色などの、色とりどりの魚が泳いでいるので、たいそうびっくりしました。
網を投げてたぐりよせると、ひとつひとつ色の違った魚が一匹ずつはいっておりました。
啓介は目を輝かせましたが、拓海は
「この魚を王様のところへ持っていけば、きっとご褒美をたくさんもらえるでしょう。
こんなことしかお礼をおもいつかないんですけど・・・千八百年も海の底にいたんで、
世の中のこともよくわからないんです。
ただ、ここで魚をとるのは一日一回にしてください」
そして拓海はぺこりと啓介に頭をさげると、片足で水面を蹴りました。
するとぱしゃんと軽い水しぶきをはねて、湖にのみこまれていきました。
啓介はいままでにおこった出来事をたいそう不思議におもいながら、
魚を持って家に戻りました。
そして手ごろな金魚鉢に魚を入れると、王宮へ出かけ、魚を王様に献上しました。
王様はたいそう喜び、啓介がかねてから欲しがっていた黄色のFDをご褒美にあげました。
また、啓介の家族も呼ばれ、豪華な晩餐をふるまわれ、
家族ぐるみで王様の友人としておつきあいをゆるされるようになりました。
このことは、ふだん勉強をさぼって遊んでばかりいた啓介のお手柄と、
啓介の株はかなり上がりました。
そんなわけでしばらくの間啓介は上機嫌でしたが、
そのうちに、あの時に会った魔神のことをよく思い出すようになりました。
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