アカギの長い夜

 

 

5


<池谷先輩の話>

 

昔々、ある商人が親戚の娘と結婚しました。
2人は30年ほど一緒に暮らしましたが、不幸にも子宝に恵まれません。
そこで商人は妾をかこい、麗しい男の子を2人もうけました。
商人は大いに喜び、先に生まれた子を涼介、後に生まれた子を啓介と名づけました。

妾は2人を生んだ後にはかなくなりましたが、2人は申し分なく成長しました。
上の息子が20才になろうとする頃、商人は息子に留守を頼んで行商の旅に出かけました。
ところが商人の妻は幼い頃から魔法や占いごとを習い覚えていましたので、
2人の義理の息子達
に一服盛った上で、魔法の力で彼らを雄牛に変えてしまい、牧夫の手に渡してしまいました。
大分経ってから商人が戻ってきて、息子の安否を尋ねると、妻は、

「2人とも店を放り出してどこかへいってしまったよ」

と答えました。

 

 

それからまる3年、商人は悲しい心をいだいて泣いていましたが、そのうち大祭がやってきました。
商人はお祭りの日に牛飼いに使いをやって、若くて見栄えのいい雄牛を連れてくるように言いました。
すると、牛飼いは1匹の雄牛を連れてきました。

商人が袖や裾を捲り上げて包丁を手に取り、雄牛の喉元をかき切ろうとすると、
雄牛は低い唸り声を上げて抵抗しました。

これはいきのいい雄牛だ、神の供物にふさわしいわい、ともういちど犠牲にしようとしましたが、
雄牛は商人の腕に噛み付いて逃げてしまいました。

そこで商人は再び牛飼いに使いをやって、ふたたび若くていきのいい雄牛を連れてくるように言いました。
すると、牛飼いは別の雄牛を連れてきました。
先の雄牛より少し若いその雄牛は商人を見るなり縄を切って走りより、甘えてみたり、鳴いてみたり、
涙を流したりしました。

商人はかわいそうになったので、牛飼いに、

「この雄牛を連れ帰って、他の雄牛を連れてきてくれ」

と言いました。

 

翌日、牛飼いは商人のところへやってくると思いがけないことを言いました。

「俺には息子がひとりいる。
拓海っていうんだが、こいつは子供ン時死んだ母親から少し魔法を習い覚えていてな。
昨日俺が連れ帰った雄牛を見るなり、目を丸くして言いやがった。
あれは3年前にいなくなったっていうあんたの下の息子だってな」

 

商人はこの話を聞いて、喜び勇んで牛飼いと一緒に家を飛び出しました。
牛飼いの息子の拓海は眠そうな顔で商人を迎えました。
雄牛もさっそくやってきて、商人になにやら訴えるようにしきりに鳴きました。

「この雄牛が私の息子だというのは本当かね?」
「はあ、確かに下の息子さんです」

それを聞いて、商人はすっかり嬉しくなって拓海に言いました。

「もし君が息子の魔法を解いてくれたら、お父さんに預けている牛でも財産でも、なんでもあげよう」

拓海はちょっと驚いた顔をして、

「財産とかは別にいらないですけど・・・
ただ、この魔法を解くには、啓介さんにふさわしい女の人が必要です。
人と交われば啓介さんは人の姿に戻れます。

あと、この魔法をかけた人には同じ魔法をかけさせてもらってもいいですか?
もし仕返しされたら嫌だから」

商人は2つ返事で了承し、さっそく啓介にふさわしいと思う娘を連れてきました。
ところが雄牛は娘に見向きもしません。
そこで翌日、別の娘をあてがってみましたが、拓海が説得したにもかかわらず、
雄牛は娘を一瞥もしません。
商人と拓海は困り果ててしまいました。

 

 

 

 

「一体何が気に入らないんだよ・・・?」

商人が帰った後、拓海は途方にくれた顔で雄牛に話しかけました。

「元に戻れば、こんな納屋にいなくたっていいんだぞ?
ふかふかのベッドでいつまでも寝られるし、何だって好きなもの食べられるし。
きれいな女の人をお嫁さんにもらって、そういう生活ができるなら、そうすればいいじゃないか」

実際、雄牛があまりに頑ななので、魔法のまやかししか見えない商人は、
これが本当に啓介なのかといぶかしみはじめています。
父親はそうか、なら放っておけと煙草をふかすばかり。
元に戻すと言った以上、拓海としてはこのままでは責任を感じてしまいます。
暗闇の中、雄牛の目を覗き込むと、雄牛が拓海の唇をぺろりと舐めました。

 

 

「こら、くすぐったいよ」

ぺろぺろと顔を舐められて、拓海はくすくすと笑いながら身をよじりました。
このどうやら気難しそうな雄牛が自分にはなついてくれたのかとおもうと、悪い気はしません。

しかし拓海はこの雄牛が人間の男だということを忘れていました。

雄牛は拓海の首筋に鼻面を埋めながら拓海を押し倒し、口で器用に拓海のシャツをはぎとりました。

「あッ・・・」

いつのまにかさらされた胸の頂をざらりとした舌で舐められて、拓海はびくりと身体を震わせました。

 

 

4 6

小説部屋