アカギの長い夜

 

 

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翌朝、牛飼いが納屋に行くと、そこには他の牛に混じって1人の青年が裸で転がっておりました。

「??なんで俺、こんなところにいるんだあ??」

雄牛に姿を変えられていた商人の次男、啓介はずきずきと痛む頭に手をやりながら首を傾げました。
啓介の頭にはどういうわけか巨大なたんこぶができていました。
牛飼いは驚いて商人に知らせに行き、拓海にも知らせようと部屋に行きましたが、
いくら呼んでも拓海は部屋から出てこようとしませんでした。

 

 

商人は息子との再会をたいそう喜び、牛飼いにお礼の金品をたっぷり置いて、家に連れて帰りました。
家には意地悪な継母もたったひとりの兄もおらず、かわりに牝牛が一頭いるだけでした。

啓介は姿を変えられてからのことを何も覚えていませんでした。
商人からことの顛末を聞くと、啓介は毎日拓海に会いに行くようになりました。

 

 

あんたも懲りないな、と煙草をふかす牛飼いを尻目に、啓介は今日も部屋をがんがん叩きます。

「おい藤原!いいかげん出てこねぇとこのドアぶっ壊すぞ!」

すでにミシミシと軋みながらも近所迷惑な音を発しているドアの向こうで、
拓海はベッドの中、頭から毛布をかぶって丸まっていました。

(啓介さん・・・)

獣の姿の啓介と交わったあの夜。背後から揺さぶられながら、
人間の男としての啓介の熱い吐息を確かに耳元で感じていました。

拓海には獣と交わっていると言う意識は途中からありませんでした。
啓介は知りもしないでしょうが、拓海は父親の雇い主の2人の息子達のことを知っていました。
容姿、頭脳、才覚ともに抜きん出た、自分とは別世界にいる人達。
幼馴染のイツキのように追っかけこそしませんでしたが、
拓海は拓海でこの評判の兄弟をまぶしいもののように見ていたのです。

(でももう会えない)

あんな痴態をさらしてしまったのです。
啓介が何も覚えていないということがますます拓海をいたたまれなくさせました。
散々乱れておきながら、今さらどんな顔をして会えるというのでしょう。

 

拓海の部屋の、古ぼけた木製のドアは、しばらく騒々しい音を立てた後で静かになりました。
ぼそぼそと話し声が聞こえてきましたが、やがてそれもなくなりました。

 

 

どれくらい経ったのでしょう。
毛布を頭からかぶったままの拓海の耳に、聞きなれた声が届きました。

「おーい、たくみぃー?もしかしてまだ寝てるのかぁー?」

幼馴染のイツキの声に、拓海は毛布から顔を出しました。

「ゲーム持ってきたからさあ、一緒にやろうぜー?」

能天気な声を聞けば、どん底の気分も少しは和らぎます。

「・・・イツキ、そこに啓介さんいる?」
「へ!?高橋啓介!?なんでお前んちに高橋啓介がいるんだよ!?」

素っ頓狂なイツキの声に安心し、

「ごめん、何でもない。今開ける」

起き上がって裸足のままドアに向かい、鍵を外して開けると、そこには。

「よう」

高橋啓介が目の前に立っていました。

 

 

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