アカギの長い夜

 

 

8

 

仁王立ちしている啓介の後ろでイツキがすまなそうに縮こまっていましたが、拓海の目には入りません。
拓海は長身を認めるなり、反射的にドアを閉めようとしましたが、啓介がそうさせまんでした。
反対にずいと部屋に入り後ろ手に鍵をかけると、逃げる拓海の手首を無造作に捕まえました。

「っ!」

バランスを崩した拓海の身体は、啓介もろともベッドへと倒れこみました。

「あ・・・」

ベッドで組み敷かれた格好のまま、拓海は啓介を見上げました。
思えば意識のある啓介とこんなに間近に見つめあうのは初めてです。
拓海の頬はかぁっと熱くなりました。

「ふじわ・・・」

啓介が口を開きかけたその時、にわかに外が騒がしくなり、拓海の部屋のドアはまたもや騒々しくノックされました。

 

 

 

啓介は無視しようとしましたが、啓介に組み敷かれた拓海は気になって仕方ありません。
啓介はチッと舌打ちすると、拓海の上から退いてドアを開けさせました。

そこにいたのは拓海の父親と商人、そして驚いたことに、一頭の雄牛でした。
雄牛はなぜか、真っ赤な薔薇の花束をくわえていました。
雄牛はひきこまれそうな漆黒の瞳で拓海を見ると、無言でその花束を押し付けました。

「外でタバコ吸っていたら、この間逃げたそいつが戻ってきたんだが・・・拓海、こいつはただの牛でいいのか?」

くわえタバコのままたずねる牛飼いに拓海は首を振り、

「違うよ。上の息子さんの涼介さんだよ」

とため息混じりに答えました。

 

 

 

その晩。トンとドアを叩く音がして、拓海がドアを開けると、そこには件の雄牛がいました。

「・・・涼介さん」

拓海は困惑ぎみに呟きます。

商人は、とにかくこの家に預けておけば涼介も人間の姿に戻るはずとおもい、
何か言いたげな啓介をつれて帰って行きました。
しかし商人は実のところどうして啓介が元に戻れたのかを知りません。
そして涼介も啓介の時と同様、連れてきた娘達には目もくれませんでした。

涼介は深い湖の底のような色の瞳でじっと拓海を見上げています。
誰もが寝静まった深夜に、どうやってか拓海の部屋まで来た雄牛の意図を、
拓海は薄々と気づいてはいました。

「涼介さん。どうか涼介さんにふさわしいお嫁さんをもらってください。
そうして人間の姿に戻ってご主人様を安心させてあげてください」

けなげに説得を試みる拓海を雄牛はなおもじっと見つめます。
おまえはわかっているだろう、と言いたげなまなざしに、
拓海は啓介とのことを含む自分の何もかもを雄牛に見透かされている気持ちになりました。
そして見つめられてどきどきとときめいている自分の気持ちまで、雄牛にはお見通しのように思えました。

相手が牛であることを忘れてしまうような艶のある、蠱惑的な瞳に魅入られて、拓海はついにふらりと雄牛の前に進み出ました。

 

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