アカギの長い夜 |
8
仁王立ちしている啓介の後ろでイツキがすまなそうに縮こまっていましたが、拓海の目には入りません。 「っ!」 バランスを崩した拓海の身体は、啓介もろともベッドへと倒れこみました。 「あ・・・」 ベッドで組み敷かれた格好のまま、拓海は啓介を見上げました。 「ふじわ・・・」 啓介が口を開きかけたその時、にわかに外が騒がしくなり、拓海の部屋のドアはまたもや騒々しくノックされました。
啓介は無視しようとしましたが、啓介に組み敷かれた拓海は気になって仕方ありません。 そこにいたのは拓海の父親と商人、そして驚いたことに、一頭の雄牛でした。 「外でタバコ吸っていたら、この間逃げたそいつが戻ってきたんだが・・・拓海、こいつはただの牛でいいのか?」 くわえタバコのままたずねる牛飼いに拓海は首を振り、 「違うよ。上の息子さんの涼介さんだよ」 とため息混じりに答えました。
その晩。トンとドアを叩く音がして、拓海がドアを開けると、そこには件の雄牛がいました。 「・・・涼介さん」 拓海は困惑ぎみに呟きます。 商人は、とにかくこの家に預けておけば涼介も人間の姿に戻るはずとおもい、 涼介は深い湖の底のような色の瞳でじっと拓海を見上げています。 「涼介さん。どうか涼介さんにふさわしいお嫁さんをもらってください。 けなげに説得を試みる拓海を雄牛はなおもじっと見つめます。 相手が牛であることを忘れてしまうような艶のある、蠱惑的な瞳に魅入られて、拓海はついにふらりと雄牛の前に進み出ました。
|