新年

 

 

 

「・・・年があけちゃったじゃないですかもー・・・」

ここは砂漠の中の王国、アカギ。
夜が白む頃になってからやっと啓介から解放され、疲れきった身体を
絹のシーツに沈めながら、拓海はぼやきました。

親衛隊長である史浩の口車にのせられてこの王宮に連れて来られた時は、
確か一晩だけ、この王弟の話し相手をするという約束でした。

(一体何日ここにいるんだ・・・?確か来る前は山に牧草が生えていたよな・・・)

「おまえがとろとろ話してっからだろ」

その傍らで、やはりしどけない姿で寝そべり、片手で頬杖をついた啓介が答えます。
その目は拓海の汗でしっとりと濡れた、しなやかな背中を眺めていました。
もとから悪くないお肌でしたが、女官たちの毎日の手入れの賜物か、
最近はどこもかしこも上質の絹のような手触りです。おまけにこちらは
毎日えっちをしている成果か、何気ない表情や所作のひとつひとつに、
啓介ですらどきりとするほどの艶をかもし出すようになりました。

もっとも、そんなことは露ほども自覚していない拓海は、啓介の無神経な返答に、
一度沈めた身を起こしてきっと睨みつけました。

「今の今までねばっていたのは誰だよ! ってそうじゃなくて!
俺、いつになったら家に帰れるんですか!一晩だけって約束だったじゃないですか!」
「オレそんな約束してねーもん」
「なっ・・・!」

確かに交渉したのは啓介ではなく史浩です。
ならば史浩に談判すればよさそうですが、拓海がここに来たおかげでようやく
毎日娘を探す苦労から開放された史浩は、明らかに拓海を避けていて、
話をすることもできません。

(俺、もしかしてずっとこのままこの人の相手させられるのか・・・)

拓海は目の前が真っ暗になる心地がしました。
そしてここに来る前の生活を思い出しました。夜明け前の豆腐の配達。
ひとつでも豆腐を壊して来ると、父に拳骨で殴られました。
半年に一度の馬のレースは、最初に出たときから負け知らずでした。
それになつかしい仲間、イツキや池谷先輩、健二先輩・・・。

「・・・そんなに嫌かよ」

彼らにもう会えない、と思わず涙ぐみそうになっていたとき、低い声で啓介が呟きました。
思わず拓海が顔を上げると、啓介はむくりと起き上がり、こちらに背中を向けて言いました。

「そんなに帰りたいんなら帰れよ。今までひきとめて悪かったな」
「啓介さ・・・」

今までにない冷たい言い方に、拓海はおもわず啓介の背中に手を伸ばしましたが、

「触んな!」

鋭い制止の言葉にびくりと動きを止めました。

「さっさと行けよ。今行かねーと一生ここから出さねーからな」

冗談とは思えない脅しの言葉に、拓海は一瞬ためらった後、踵を返して部屋を出て行きました。

 

 

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