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元旦。国中の店が今日ばかりは休みで、それぞれの家で新年を祝います。
豆腐売りをしている文太のお店も例外ではありませんが、得意先の宿屋の配達だけは
今日も行かねばなりませんでした。
空がすっかり白む頃、文太は白黒のどさん子馬と一緒に店に戻ってきました。
「よいせ・・・っと」
馬に積んだ空のケースを店の中に運び込みます。
家の中には誰もいません。数ヶ月前まで豆腐の配達は息子の仕事で、
眠そうな顔で配達から帰ってきた息子を店先で出迎えるのは文太のほうでした。
「元気でやってるのか・・・あのバカ息子」
おもわずぼそりと呟いたその時、背後で砂を踏む音がしました。
こんな朝早くに誰だ?と振り向くと。
「親父・・・」
その「バカ息子」が、見慣れぬ格好でそこに立っていました。
「・・・」
「・・・」
「・・・何だよ」
数ヶ月ぶりに再会した親子は、自分達の店先で長い間向かい合ったまま、
ただつっ立っていました。
拓海の記憶からまったく変わっていない文太は、いつもの表情の読めない顔で、
拓海を上から下までじろじろと検分しました。
居心地の悪くなった拓海が耐え切れずにたずねると、文太は一言、
「何でもねえ」
とさっさと店に入って行きました。
朝食を食べる間も、文太は何も聞かず、拓海も自分のことは多くは話しませんでした。
むしろ文太にいろいろ聞き出した話から、史浩が馬と飼葉の件では
約束を守ったことを知りました。
それどころか小さいが店よりもりっぱなくらいの厩舎を立ててもらい、どさん子馬の分まで
上等な飼料をもらって、月に一度は王宮の獣医が馬達の様子を診に来るそうです。
「そっか・・・」
「で、おまえはいつまでここにいるんだ?」
文太の質問に、拓海はえっと顔を上げました。
「いつまでって、ずっといるよ。いけないのかよ」
口をとがらせる拓海に、文太は「そうか」と答えただけでした。
数ヶ月間何の連絡もなかった息子。帰ってきたら見たこともない上質な絹の衣装を着て、
本当に自分の息子かと目を疑うくらいに垢抜けていました。スープを口に運ぶ手は
ひび割れひとつなくなっていて、爪のひとつひとつがぴかぴかに磨かれています。
家に戻ってきたのは自分の意思なのでしょうが、それにしてはあまり嬉しそうでもありません。
(さては王子とやらとケンカでもしたかな)
文太はこっそりと思いました。
翌朝。早朝の配達はまた自分がやると、拓海が申し出ました。
「手が荒れるぞ」
思いがけない文太の一言に、拓海は目を丸くしましたが、
「何だよ、いままでそんなこと一度も気にしなかっただろ」
何でもない様子でそういうと、どさん子馬の手綱を取って配達に出かけました。
荒れた手で、啓介の肌を傷つけないように。
荒れた唇で、啓介を不快にしないように。
女官たちはいつもそう言ってかいがいしく拓海の身の回りの世話をしました。
それをうっとおしく思っていたはずなのに。
手が荒れる、の一言に、なぜ今さら、ちくりと心が痛むのでしょう。
「関係ない。俺はもう帰ってきたんだから」
拓海は自分に言い聞かせるように呟くと、険しい山道を登る足に力を入れました。
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