水族館
by さかきさま

 

1

 ―――巨大水槽―――

 

暗い館内に足を一歩踏み入れると、まるで別世界のような空間が広がっていた。
 昼間とはまた違った暗さ。透明のアクリルの向こう側まで光は届かず、深遠の海の中にいるような気にさせられる。余りの暗さに、水中にいる生き物の姿さえはっきりとは見えず、入る前に渡されたペンライトの意味がようやく分かった。
 カチリと音をたて小さく照らされる水中内。
 その僅かの明かりに照らされて、目の前を悠々と泳いでいく魚達。


「中里っ!いっぱいいるぜ〜」

 子供のように嬉しそうな顔をしながら、中里の服の端をひっぱり、それでも極力声を抑えて話しかけてくる。場の空気が、昼間のそれと異なるせいなのか声をたててしゃべってはいけないような気がしてしまうのだろうか。
 周囲を見渡せば、少し離れた箇所にちらほらとカップルらしき男女が数組。
 身体を寄せ合い、楽しそうに会話を楽しんでいるのが見てとれるが、その内容までは耳に届かない。やはり声を抑えているようだ。
 他に家族らしき人影は見えないせいか、まさにデートスポットと言える場所。
 夜の水族館と言えばそのためにあるようなもので、しかも仄暗く自然と身体を寄せ合うようなシチュエーションが出来上がっているわけで。
 そういう場所なだけあって、きっと男同士なのは自分達だけだろう。

「中里ー?どこ見てんだよっ」

 再度服を引っ張られ我に返って振り向くと、ちょっと膨れた顔で啓介が睨んでいた。

「わ、悪ぃ」
「何考えてんだよ?お前、こーゆートコ興味ねェ?」
「違うって。ちょっとぼーっとしてただけで、聞こえてなかっただけだ。ごめんな」

 謝りながら安心させるように笑い返すと、ぐっと息が詰まったような顔をして目を見開くと、

「それならいいけどよ……」

 ぼそりと呟いたまま顔を背けた啓介は、それでも膨れたままの表情に中里の口元には笑みが浮かぶ。

「で、何だって?」

 啓介と同じように手にしていたペンライトを点け、水槽内を照らし出す。
 ちょっと横目で伺うように見つめてきていて、

「だーかーらー、あそこになぁ……」

 水槽内を照らし出す二つの光。
 弾んだ声で言葉を交わしながら、覗き込む二つのシルエットが寄り添いあう。

 

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