クリスマス・ラブソング
Side A

信号が変わり、ギアを入れる。雪でべたべたになりはじめている道路を走りながら、
自分でも何やってんだと思う。
ここ2年ほど、付き合っている女はいない。あえて特定の女を作らなかったのだから、
こんな日にカノジョがいなくて寂しい、とは思わない。
かといって野郎同士でわいわい騒ぎたい気分でもない。ケンタにしつこく誘われて
レッドサンズの飲み会に顔を出していたが、適当に用事を作って早々に抜け出して
きてしまった。飲み会だというのにFDで来て、酒を一滴も入れずに出てきてしまったの
だから、最初から乗り気じゃなかったのがばればれというものだ。

それから何となく赤城で黙々と走っていた。さすがにこんな夜に雪がこんもり積もった
路面を走りにくる奴は誰もいない。FDの唸り声すら吸い込んで、峠の夜はいつにもまして
静かに過ぎてゆく。

眼下に見える街の明かり。普段は何とも思わないのに、そこでの喧騒が嫌でここに
きたというのに。
だれかがいるという証でもあるその明かりが無性に恋しくなるのはなぜだろう。
一人になりたくてここに来たはずなのに、誰かにいて欲しいと思うのはなぜだろう。

「つまんねーよな・・・クリスマスなんて」

ぽつりと、口をついて出る。
昔は、この日が楽しみでしょうがなかった。今に大きなツリーを飾って。25日の朝には
目を覚ますなりツリーのところへ駆けていって、その下に置かれたプレゼントの包みを
あけるのが何よりの楽しみだった。
涼介がクリスマスすら大学に泊り込むようになったり、啓介が友達や彼女とその日を
過ごすようになってから、いつしか家でそんなことはやらなくなった。
家族で迎えたクリスマス。懐かしいが、今それが欲しいわけじゃない。
一緒に過ごしたい奴がいるわけじゃない。ただ・・・顔が見たい。

自分にとっては意味のある存在でも、別に親しいわけでもない。
なんで?と問う声に耳を塞いで、啓介はFDを渋川方向へと向けた。

 

 

雪が降る街中をぼーっと歩いていたら、クラクションを鳴らされた。
何度か鳴らされて何だよ、と車道を見れば、すぐそこの路肩に見覚えのある黄色のFD
が寄せられていて――そこからぬっと顔をだした人物にあっと声を上げた。

「おい、シカトすんなコラ」
「してませんっ」

あわてて首を振る拓海に、啓介はまあいいやと助手席を顎でしゃくる。乗れということらしい。
首をかしげながらも大人しく乗ると、意外にもソフトな発進で走り出した。

「今日はどうしたんですか?」
「んー、ちょっとな・・・」

口をつぐむ啓介の頬がちょっと赤い。代わりに秋名に行っていいか?ときかれて頷いた。
どうせ家に帰っても予定はない。
峠にさしかかると、啓介はギアを落して加速しはじめた。
うっすらと雪が積もりはじめた秋名の峠でFDが咆える。毎日走っている峠でも、車が違うと
こんなにも印象が違う。

(すごい・・・)

パワーの出かたが違う。拓海のハチロクとは全然違う。
車だけではない。啓介の走りが、拓海の知るものと比べ物にならないほど、格段に進化している。
焦りにも似た思いが拓海の心を占めていく。
今、バトルをしたならば。勝てないかもしれない、という気持ちと、負けたくない、という気持ちが
同時に湧き上がる。だがしだいに強くなるのは後者の気持ちだ。
この人に負けたくない。置いていかれたくない。
この人と一緒に走りたい。

 

 

「藤原」

はっと顔をあげると、啓介が熱い缶を渡してくれた。
口に含んで広がるのは、ほんのり甘い、ホットのカフェオレ。
どうやら秋名湖につくまでぼんやりしていたらしい。思い出したように礼を言うと、
啓介は呆れたように肩をすくめた。

「言っとくけどな、あの程度でびびったなんて言うなよ?いつもあんなキレた走りしているお前が」

クギをさされて、拓海ははぁ、と口ごもる。だって本当に驚いたのだ。

「まあいいけどな・・・おまえ、まだ返事してないんだってな」

返事?何の?
いきなり飛んだ話題に首をかしげ、プロジェクトに参加するか否かの返事だと悟った。
同時に、今日ここに来たのはそのことかと納得もする。

「何で?迷ってるのか?」
「そういうんじゃ、ないですけど・・・」

心は既に決まっている。もっと早く、もっとうまく走れるように、涼介のプロジェクトに入りたい。
だけど何かが足りない。同じチームで走ることになる啓介に、正面から向き合えるだけの
目的意識を持ちたい。それがなければ、同じ土俵に立てない気がするのだ。
春までにはまだ時間がある。プロジェクトが始まる時、まっすぐに啓介の目を見られるように。

とつとつとそんな言葉をつづる拓海に、啓介はしばらく無言だった。沈黙に、気分を害したかと
見上げる拓海の前で、啓介はなぜか面映そうに頬をかいた。

「啓介さん?」
「あー・・・まあ、そんなわけなら、返事は待ってやるよ。せいぜいよく考えな」

そろそろ帰るか、とそそくさと車の向きを変えるその手つきとは裏腹に表情はどこかぎくしゃくとして。
拓海の家に着くまで続いた奇妙な沈黙は決して居心地の悪いものではなかったけれど。
何が原因でそんな雰囲気になったのか。結局拓海には分からずじまいだった。

「ありがとうございました」
「いや・・・オレがつき合わせたんだし」
「でも送ってもらったし」

街で拾われて自宅まで――かなり寄り道をしたけれど。
楽しかったです、と言うと、啓介は嬉しそうな顔でまたな、と言った。

FDを降りて、店へと向かう背中に、藤原、と呼び止めた。
別に何を言いたかったわけでもない。ただこのまま別れるのがほんの少し惜しいと思っただけで。
振り向いた顔に、とっさに口をついて出たのは――

「メリー・クリスマス」

拓海はちょっと驚いた表情をしていたが、嬉しそうに小さく笑って、

「メリー・クリスマス、啓介さん」

と言葉を返した。軽く手を振って、今度こそ店の中に入っていく。

 

 

「クリスマスかぁ」

自分で口にした言葉を、今さらのように反芻する。
喧騒が嫌で、でも一人で走っていたら誰かの顔が見たくなって。
気がつけば、そんなジレンマはきれいさっぱりなくなっていた。

もうちょっと一緒にいたかった、という思いには気づかなかったことにして。


この後夜明けまで峠を走っていても、誰もいない家に一人帰っても、
きっとこの温まった心が冷えることはない――

 

 

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いまさらクリスマスねたです・・・だって書きたかったんだもん(>_<)
そして拓海の家にはなつき嬢が待ち伏せているわけですな(笑)。
Side Bは一年後の二人ですv付き合ってますvv