クリスマス・ラブソング
Side B

 

 

夜明けまでにはまだ間があるものの、標高の高い赤城で、
さらに一日のうちで最も気温が低い時間。
文字通り人っ子一人いない峠道を、一台の車がものすごいスピードで駆け上っては、
また駆け下りていく。
雪の壁が道幅をさらに狭くし、路面は凍りついている。
完全に雪かきされないまま凍りついているところや、ドライに見えてもブラックアイスと
なっているところが大半だ。いつ車が制御不能になってもおかしくない状況で、
黄色のFDは100キロを超えるスピードで氷の粒と化した雪を蹴立てて爆走する。

麓の駐車場で鮮やかにターンして車をとめると、啓介は室内の時計を見た。
3:00AMちょうど。

「そろそろ行くか」

山を降りたFDはそのまま渋川方面へと姿を消した。

 

 

そして一時間後。
赤城よりいくぶんマシ・・・とはいえ、やはりところどころアイスバンになっている
狭い峠道で耳に馴染んだスキール音が近づいてくる。
さすがにドライの時と違って多少速度は落ちているだろうが、
他の者が見れば卒倒するようなスピードなのは間違いない。

雪煙を上げながら現れたハチロクは、そこに啓介がいるのを心得ていたように、
かなり前から減速して手前で止まった。

「おはようございます、啓介さん」

白い息を吐きながら降りてきたのは、群馬最速のダウンヒラー・・・そして啓介の恋人。
運転していたそのままで出てきた、寒そうな姿に、啓介は拓海を抱き寄せる。

「今日はちゃんと休みとったか?」

会って最初の言葉がこれ。 耳をくすぐる吐息に首をすくめながらも拓海はうなずいた。
今日の休みと明日の配達の免除。啓介が前からしつこく拓海に要求していたからだ。
イベント事にまるで関心を示さない拓海が、啓介の言うとおりにちゃんと休みをとったと
知って啓介の口元が緩む。外気にさらされひんやりとした髪を撫でて頬にキスをした。

「車おいてこいよ。そのまま出かけようぜ」

それから二人連れ立って山を降りて拓海の家に行き。拓海は父親に一言告げた後、
啓介のFDに乗り込んだ。
向かった先はファミレス。やや早めの朝食をもそもそと食べながらうとうとしている拓海に
啓介は苦笑する。

「先にホテル行くか?」

啓介の声にはっと現実に引き戻され、ついでその言葉にさっと赤くなって啓介をにらんだ。

「・・・あんた、朝っぱらから何考えて」
「ちげーよ。おまえ眠いんだろ。俺も朝早かったし、店とか開く時間まで少し寝ようって言ってる
だけじゃんかよ」

まあ、やりたいならそれでもいいけど。とうそぶく啓介の頭を拓海がはたく。
確かに今日一日遊び倒すなら、ここで少し寝ておきたい。通常なら二度寝している時間だ。

「だけど、寝るためだけに入るなんて・・・」
「もったいねーって?」

まぜっかえされて、拓海は赤くなって口ごもる。
これでは行為を期待しているような言い方ではないか。

「・・・いや、言いたいことはわかるぜ。でもたまにはいいんじゃねー?
一緒にベッドで寝て、目が覚めてもまだずっとおまえといられるって実感できるの、
オレはけっこー好きだけど?」

屈託のない笑顔でさらりといわれて、さらに赤くなった。
確かに、二人で泊まりの翌日ゆっくりできたことなど、数えるほどしかない。
拓海はそうそう仕事を休めないし朝の配達だって拓海にとってはプラクティスだ。
少しだけ仮眠をとって、目覚めてもまだ一日啓介と一緒にいられる。

拓海は嬉しさをごまかすために、あわててお茶の入ったカップを口に運んだ。

 

「で、結局ここに来たんですか?」
「おまえが遠出したくねーとか言い出すからだろ」

二人がいるのは秋名湖。拓海としては別にどこでもよかったわけだが、
それにしてもあまりにもいつもどおりのデートコースだった。
仮眠をとった後、両端に雪が積みどけられた伊香保に行ったのだが、
こんな日だから、やけにカップルが多い。それは別によかったのだが、
石段を登る途中で啓介が手を繋ぎたがったために、こんなところまで
来るはめになったのだ。

「一緒にいんのに手も繋げねーってどういうデートだよ」
「当たり前でしょう!ここ俺の地元なんですよ!?」

人前でアレコレするのが嫌なら人がいないところに行くしかない。
そして人がいない手近な場所といえばここしかなかった。
伊香保にいたカップルも、さすがにこの時期にここまでは上ってこないらしい。
秋名湖畔の駐車場はそのほとんどが雪に覆われ、唯一雪かきされている
スペースにも他の車はみあたらない。

雪化粧した秋名富士は今日も湖面にその姿を映していて。
今度はおとなしく手を繋がれて湖畔をあるいていた拓海はふいに啓介の前に
まわりこんでぽすっと抱きついた。

本当に、場所なんかどこでもいいのだ。
どうしてもひとの目が気になるから、人前でべたべたするのは
嫌だけど、
拓海にしたって、そばにいて触れられないのはやはり寂しい。
言葉にならない想いを伝えたくて、啓介の革のジャケットに頬を押し付ける。
ひんやりとした革の感触に香るかすかな煙草の匂い。
啓介の匂いだ。

「ちぇっ・・・ひとがいなくなった途端甘えてくるんだから」

ゲンキンだよお前、とこぼしながらも、啓介も満更ではない。
お気に入りの、さらさらの髪の感触を楽しむようにかき混ぜると、
本日何度目かわからないキスをするために、拓海の顔を引き離した。

 

雪だるまつくろうぜ、と言い出した啓介に、拓海は呆れた。

「いくつですかあんた」
「こんなにきれいな雪がたくさんあるのに、もったいねーだろ?」

毎日赤城で嫌というほど雪を見ているくせに。
雪がもったいないなんて発想、どこから来るんだ。
とか言ってもきかないんだろうな、この人・・・。
雪かきされていない駐車場で、啓介はすでに雪玉をころがしはじめていた。
踏んでよごれた雪が雪玉につかないように、転がす方向まで考えている。

「おら、おまえも作れよ」
「・・・はいはい」

雪だるま作りというのは、けっこうあなどれない。
啓介の指示で汚れてない雪の残っているところを狙って転がして
大小二つの雪玉を作り、拓海が担当した雪玉を啓介の作ったそれに
乗せ終わるまでには、ひんやりとした冷気が心地よいくらいに身体が温まっていた
・・・というより、むしろ暑い。
しかし啓介はまだ満足しない。木の根元をうろうろと探して、
枝を一本拾い上げる。
さらに探したが、手ごろなものがなかったらしい。
湖のあたりでしばらくうろうろしていたかと思えば、一本の清掃用ブラシを手にもどってきた。

「ちょ、啓介さん!怒られますよっ」
「へーきへーき。ここに来ればわかるだろ」

それはそうだが。かくして二人でつくった雪だるまは、
木の枝とブラシの枝でできた両手でばんざいしている格好で、めでたく仕上がった。

「目とか口はいいんですか?」
「いーの」

ふーん、と思う前に両手を取られた。

「啓介さん?」
「すっかり冷たくなっちまったな・・・」

ごめんな、と啓介の両頬におしつけられ、感覚がなくなっていた手に、
ジィンと痛みにも似た痺れが走った。
拓海の手を取っている啓介の手も氷のようで。
拓海は啓介の手をはずさせると、今度は啓介の手を自分の頬に触れさせる。

「これからどうする?」
「寒くなってきたし・・・温泉でも入りにいきませんか?」

頬に冷たい手を当てたまま提案する拓海に、啓介はそれいいな、と笑った。

 

 

「俺さ、クリスマスだからって皆が大騒ぎするの、全然わからなかったけど・・・」

温泉街の中腹にある露天の岩風呂。
時間帯のせいか、誰もいない湯に肩を並べて浸かって、
雪におおわれた秋名山を眺めながら、拓海はぼそぼそと言った。

「今日、啓介さんとこうしていられるのは楽しいとおもうよ・・・」

たぶん、世間一般の人々のクリスマスのすごし方とはだいぶ
違うかもしれないけれど。
いつもと同じでいい。ただ一緒にいることがうれしい。

「そうだな・・・変にシャレこむのもオレたちらしくないしな」

とつとつと気持ちを告げる拓海の頬を、
すっかり温まった長い指先がいとおしげに触れる。
こうして一日、いつでも触れられるくらい近くにお互いがいること。
それは何より貴重なことなのだけれども。

「けどよー・・・今度はもーちょっと遠くに旅行しようぜ?」

お伺いをたてるようにそう告げると、拓海の唇に触れるだけのキスをした。

 

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写真は25日に榛名湖畔で発見したゆきだるま。
これをネタにしたくてかいたんですが、
なんかだらだらとしまらなくってすみません;