スローステップ

 

14

 

月の明るい夜だった。
じゃあ僕はこれで、と手を上げて駅へ続く道へ去っていった高見とは反対方向に歩き出した進に、一体どこへ、とセナは慌てたが、

「話があって来たのだろう・・・それに、俺もお前に話がある」

振り向きもせずに先に立って歩き出す進に、セナは早足でついていく。
二人がたどった道は、五分とたたないうちに彼らを黒美嵯川へと導いた。
進が部活中にランニングに出る時には、この道を通って来るのだろう。
時間も遅い今は、帰宅途中のサラリーマン以外、人通りもほとんどなく、まばらな街灯がアスファルトを照らしている。
進は土手の階段をおりて、川沿いの遊歩道に出た。月明かりが照らす黒美嵯川は、底知れぬほど真っ暗で静かだった。
進はそこで改めて、セナと向き合った。

「まずお前の話から聞こう。なぜ王城に来た」

セナはごくりと唾を飲み込むと、まっすぐに進の目を見て言った。

「進さんに会いたかったからです」

進は動かない。セナの話を全て聞くつもりでいるらしかった。

「あの、僕は進さんの気持ちとか僕の気持ちとかぜんぜんわからなくて、進さんがどういうつもりであの・・・キ・・・スとかしてきたかもわからないし、なんで朝一緒に走れなくなったのかもわからなくて・・・でも、進さんとこのまま会えないのは嫌なんです」

話しているうちにだんだん目線が下にそれて、最後には「あ・・・でも進さんの都合もありますよね・・・すみません・・・」と自信なく語尾を小さくしたセナの小さな頭を、進はわずかに目を細めて見下ろしている。

「お前の話はそれだけか?」

頭上からかけられた言葉にセナはぴくんと肩を震わせて、はい、と下を向いたままうなずいた。

「ならば俺の話を聞いてくれ、小早川セナ」

何か悪いことを言われると思っているセナは、頑なに進を見上げようとはしない。
だが進は俯いたセナの頭をひたと見つめたまま、言った。

「おまえが好きだ」

地面を見つめていた大きな目がさらに大きく見開かれた。おそるおそる顔をあげると、そこには真剣な顔でセナをみつめる進の顔があった。

「おまえが俺の最大の好敵手であることは変わらない。だが今は、友人の枠を超えた気持ちをお前に対して抱いている。個人的に会わないと言ったのは、お前といると、この前のように触れたいと思ってしまうからだ」

だから、もしこの間のことが嫌だったのなら、もう俺には近づかないほうがいい。
どこか苦しそうな表情で告げる進に、セナはゆるく首を振った。
進の告白はセナには思ってもみなかったことで。驚きすぎて心がついていっていないのが現状で。
だけど、進はセナの答えを待っている。

「あの・・・僕は、」

再びごくりと唾を飲み込み、視線をさ迷わせた。

「この間のキスは、嫌じゃなかったですけど・・・次はどうかよくわからないので・・・えっと、もう一度・・・」

もう一度?
もう一度キスしてください・・・?

(ひぃーっ、何言ってるの僕!!)

進を見上げれば、呆然とした顔でセナを見つめている。
ものすごく恥ずかしいことを言ってしまった、と顔を真っ赤にしたセナは、くるりと踵を返すと、爆速ダッシュでその場を離れようとした。
すかさず背後から伸びてきた手が、まともにセナの腹に入った。

「ぐふっ!」

ほとんど条件反射の、容赦のないタックルをかまされて、セナは進の胸へと抱きこまれた。

「げほげほっ」
「すまん、つい」

逃げないでくれと、身体を返される。タックルを繰り出した大きな無骨な手が、今度は優しくセナの頬に触れる。
その親指が、セナの唇をなぞった。

「小早川」

至近距離で名前を呼ばれて、セナは背中を震わせた。進のこんな声を、今まで聞いたことがなかった。

「・・・キスしてもいいか?」

唇に息がかかるほど近くで、心地よい低音でそう聞かれて、セナは跳ね上がる心臓の音を聞きながら、小さく頷いて目を閉じた。
それから唇を覆うやさしい感触。暖かい唇は何度もセナの唇をついばんでは離れて。舌が歯列を割ってきたときにはちょっと驚いたけれど、それさえも嫌ではなくて。
気がつけば二人はお互いの背中に手を回して、夢中でキスを繰り返していたのだった。

 

 

つづく

小説部屋