スローステップ

 

4

 


これまで、自分が他人にどう思われているかを気にしたことなど、一度もなかった。
もともと人の心の機微には疎い方であったし、
理解できないものをあれこれ憶測するのは無意味なことに思えた。
好印象を与えようと上辺を繕うくらいなら、少しでも己を磨く努力をする。
クラスメイトたちが興味をもつ流行にはまったく無頓着であったから、
友人と呼べる人間は少なく、誰とも深く関わることなく生きてきた。
そのことに特に不満は感じなかったし、これからもそれが続くのだろうと思っていた。

春大会準決勝の対西部戦。
何とか勝ったものの、とても快勝とは呼べなかった。
監督の怒声を聞きながら己の未熟さをかみしめていた時、
帰りかけるギャラリーの中に彼の姿を見た。
泥門のメンバーと何か話をしている小柄な姿に、
湧き上がったのは激しい羞恥と己に対する怒りだった。

決勝で戦うことを約束した。
秋までに王城も、自分も倍強くなると宣言した。

( それなのに何だ、このザマは)

初めて好敵手と認めた相手、アイシールド21にだけは、
無様な姿を見せたくなかった。
毎朝、橋の手前ですれ違う度に自分に向けてくる、
同じアメフト選手に対する尊敬や憧れ、
そして好敵手の挑む気持ちが入り混じった、
あのまっすぐな瞳が、失望で曇るのを見たくなかった。

翌日の雨の朝。
いつものようにすれ違う彼の顔を見ることができなかった。
あわせる顔がなかった。
昨日の自分を見て、彼がどう思ったか、知るのが怖かったのだ。

無様な試合を見られたことを恥じ、
無様な姿を見てしまった彼を憎んだ。

それが逆恨みであることはわかっていたから、
その翌日にいつもの場所で彼に会えなかった時、
前の日に彼と目を合わせなかったことを、ひどく後悔した。

彼が自分をどう思っているのかわからない。
不甲斐ない自分に失望しているかもしれないし、
あるいは無視したことを怒っているかもしれない。

( もう、ここには来ないかもしれない)

そう考えたら、何とも形容しがたい喪失感が、心を沈みこませた。
毎朝いつもの場所で彼とすれちがうこと。
たったそれだけのことが、いつのまにか自分にとって、
とても大事な日常になっていたのだと、改めて思い知らされた。


だから、さらにその次の日に、橋の方から小柄な姿が走ってきたとき、おもわず声をかけた。
前の日にいなかったのは風邪をひいたせいだと聞いて、ほっとすると同時に、
あの大雨の中、雨具も着ずに薄着で走っていた彼に、
なぜ一言注意を促さなかったんだと己を責めた。
今はもう大丈夫とのことばに、ひとまず安堵していると、
なぜかアイシールドが、頬をうっすら赤く染めてこちらをみていた。
その表情を見たとき、心臓がとくん、とはねた。

(なんだ、この気持は)

ぼーっとこちらを見上げているアイシールドの小さな顔に、
グローブをした手を伸ばしかけ――はっとして握りこんだ。
今、自分は何をしようとしていたのか。

今まで誰に対しても抱いたことがない感情。
これが、彼が最強の好敵手ゆえに抱くものなのかはわからない。
ただ、この小柄なアイシールドは、自分にとってどうやら
特別な存在らしい。

まだこちらに向けられている、何やらこそばゆい視線を背に感じながら、
進はアスファルトを蹴る足に一層力をこめた。

 

つづく

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