アムネジア




森の中にある妖精たちの学園、フェアラルカ。

夕食を食べた後、二人の地霊族(ノーム)のニィルとトォルは、

それぞれ愛用の赤いシャベルと青いピックアクス(つるはし)を手に、お宝探しに出かけていた。

「やったあ、お宝発見!」

学園の地下から目当ての宝箱を掘り出し、二人は歓声を上げる。

中には透明な液体が入った、しゃれたデザインのガラスの小瓶が入っていた。

「これが『恋の忘れ薬』かあ」

なんでも、飲めば想っても叶わぬつらい恋を忘れさせてくれるという。

トォルは今夜の戦利品を、灯火草の花の明かりに照らして眺めていたが、

「で、これをどうすんだよ?エアやジルに内緒にしてまでこっそり探しに来てさ」

打ち合わせの時にも、今回のお宝探しは二人には内緒だよと、ニィルに固く言われていた。

「忘れ薬って、まさかおまえが飲むわけじゃないよな?

俺だってごめんだぜ。エアのこと忘れたくねーもん」

まるでわかっていない従兄弟に、ニィルはにっこりと笑った。

「やだな。エアに飲ませるに決まってるじゃない」

「はあ!?」

なんで??と目を丸くするトォルに、ニィルは小瓶を大事そうに首に下げた革製の巾着袋の中にしまった。

「考えてもみなよ。エアがジルのことを好きでなくなれば、僕たちはみんな幸せになれるんだよ?

ジルだってエアにその気がなければ誘惑したりしないだろうし、

トォルだって、エアを自分だけのものにしたいでしょ?」

それはそうだ。ジルにはニィルが、エアにはトォルが、それぞれ恋人としているくせに、

あの双子のシルフ(風の精霊)は何かというと二人の世界を作って、いちゃいちゃべたべたしているのだ。

特にエアは、ジルがニィルと仲良くしているのをみると、切なげな表情で目で追ったりして、

そんなエアもかわいいのだが、恋人としては悲しくなってくる。

確かに自分だけを見てほしいという気持ちはあるのだが。

「でもそれ、『つらい恋を忘れる薬』なんだろ?間違えて俺のこと忘れちゃわないかなあ」

以前『惚れ薬』でジルが乱心するという事件があっただけに、この手の薬を使うのは気が進まないトォルである。

しかし、普段からよほど悔しい思いを募らせているのか、ニィルは使う気満々だった。

「だいじょうぶ。もし失敗したら、ジルを治したふわもこ温泉に連れて行けばいいし。

きっとジルへの想いだけ、きれいに忘れてくれるよ。ねっ」

二人は帰る道すがら、この薬をどうやってエアに飲ませるかを相談した。




ここは学園のどこかにある秘密の部屋のひとつ。

背筋にぞくりと寒気が走って、エアは身体を震わせた。

「寒い?」

すらりと美しい手が伸びてきて、震える背中を、滝のように流れるピンクの髪ごと抱きしめた。

「僕としたせいで、すっかり身体が冷えてしまったね」

エアはまだ寒気を感じる身体を、いつもと違ってぽかぽかと暖かいジルの身体にすり寄せる。

相反する属性を持つ二人が交われば、普段ひんやりとしたジルの身体は暖かく、

いつも体温が高いエアの身体は冷たくなった。

自分の体温が下がるのは未だに落ち着かないが、行為の後はいつもジルがこうして抱きしめていてくれる。

二人は互いの体温を分け合うように脚を絡ませ合い、愛情を確かめるキスを繰り返した。

「きみの身体が暖かくなるまでここにいよう。愛してるよ、僕のかわいいエアリエル」

「ジルフィ、俺も…」

ウォーターブルーの髪ごと背中にしがみつき、エアはジルにキスをねだった。