9月24日その後
薬鴆堂の鴆の居室。 向かい合わせに座る鴆の目の前で、リクオは刀を鞘から抜いた。 装飾はほとんどないが、漆黒の鞘から抜かれた刀は、室内に差し込む月光を受けて、 人の目では見えない美しい刃文(はもん)をくっきりと浮かび上がらせている。 リクオは物騒な光を放つ刃先をじっくり見つめた後、無言で刀を鞘に納めた。 「先々代の鴆がぬらりひょん様から賜った刀だ。 最近、出入りもねえのに夜な夜な刀をぼろぼろにしているそうじゃねえか。 どんな修行をしているのか知らねえが、これなら、その辺の刀より役に立つんじゃないかと思ってな」 清明に袮々切丸を砕かれ、今リクオが持ち歩いているのは特に銘があるわけでもない、普通の刀である。 袮々切丸と違い、妖怪を斬るために作られたわけではない、対人間用の刀では、すぐにぼろぼろになってしまう。 鴆は京都からもどってからしばらく本家で伏せっていた。 修行のことは側近にも知らせていないが、見かける度にリクオが違う刀を差しているのを誰かが見とがめて、鴆に話したのか。 襲名式後に身体が回復して薬鴆堂に戻った後、鴆は少し遅くなったがリクオの生誕祝いの品として、この刀をリクオに差し出した。 先々代の鴆から伝わる刀ならば家宝ではないのか。そんな大切なものは受け取れねえと返そうとしたが、 鴆はリクオにこそ使ってほしいと譲らなかった。 「折れたら捨ててくれてかまわねえ。 たとえ一度きりでも、おまえの役に立てばそれで本望よ」 何の執着も未練もない表情でニッと笑う。 その表情とその言葉は、以前、一度だけでもお前の役に立って死にたいと言った鴆と重なって。 胸に刺すような痛みを感じながら、リクオは刀を受け取った。
ひと月後。 置き薬の補充で本家を訪れていた鴆は、鼻息荒く枝垂れ桜のもとにやってきた。 いつのまにか夜の姿に変化していたリクオは、太い枝の上で優雅に煙管をふかしている。 リクオの腰には、鴆が贈った刀が差してあった。 「リクオてめー、何でその刀を使わねえ!?」 鴆に会う時にはいつでもその刀を腰に差していた。 だからしばらく気づかなかったのだが、出入りの時にはいつも刀掛けに置いていくのだと、雪女から聞いてしまった。 木の下で怒鳴る鴆を見て、リクオは一瞬、しまったという顔をした。 「別に…使う機会がなかっただけだろ」 ぼそぼそと言い訳したが、鴆は納得しなかった。 「相変わらず刀を使い捨ててるって聞いたぜ。 どんな敵がいるかわかんねえのに、なまくら刀じゃ危ねえだろうが!」 あんなカオしてあんなことを言われて使えるかよ、とリクオは思う。 鴆の言う通り、一度や二度の修行や出入りで折れるほどヤワではないのかもしれないが、 万が一のことがあったらと思うと、うかつに連れていけない。 これが祖父や他の者から贈られた刀ならば、遠慮なく折れるまで使うところなのだが。 「いいか、次からは使えよ? っつーか出入りにはオレも連れてけ!」 木の下で喚き続ける鴆を、さてどうやってなだめようかと頭を悩ませるリクオだった。 |
||