秋の暮れ
季節の変わり目は、一日の間でも寒暖の差が大きく、気をつけていても体調を崩しやすい。 妖怪は風邪をひくことはないが、それでも床に伏すことはある。身体が弱い者ならなおさらだ。 「よう、鴆。具合はどうだ?」 小風呂敷に包んだ見舞いの品を手に部屋に入ってみれば、鴆は慌てて起き上がろうとした。 「いいって。寝てろ」 リクオは枕元に膝をつくと、鴆の肩を押して布団に寝かせた。 布団をかけられた鴆は抵抗せず、すまねえな、とため息をついた。 顔色は青白く、幾分やつれたように見える。 「具合悪いのはいつものことなんだがよ。酒は止められてるし、こう寝てばっかじゃ食欲もわかねえよ」 布団の中から不平をこぼす声は意外に元気そうである。 そのことに内心ほっとして、リクオは持参した風呂敷包みを掲げて見せた。 「いいもん持ってきてやったぜ」 包みを解くと、中から一尺ほどの広口瓶が姿を現した。 中には透明な液体が入っていて、大きな縞模様の物体が複数浮いている。 「酒か?」 「スズメバチの焼酎漬けだ」 生きたまま漬けたもので、なんでも滋養強壮効果てきめんらしい。 リクオにとってはあまり気持ちのいいものではなかったが、鴆が元気になるならと思って持ってきたのだ。 鴆の反応はといえば、さっきとは打って変わった表情で、瓶の中のスズメバチを食い入るように見つめていた。 いかにもうまそうなものを見る表情で、子供のように目は輝き、頬は紅潮して、今にもよだれをたらしそうである。 そういやこいつ、毒虫を喰うんだったな、とリクオは思い出した。 「…オレがいる時には喰うなよ」 食べるのを見るだけならまだいいが、虫を喰った恋人との口づけはさすがに避けたい。 リクオの来訪と好物のみやげにすっかり気をよくした鴆は、番頭を呼んで、早速酒器と肴の用意を頼んだ。 酒と聞いて渋った番頭も、スズメバチが入った酒を見ると態度が軟化し、 何より主人が食事をしてくれるならと、喜んで酒器と膳を運んできた。 「リクオ、あんたも飲めよ」 「いや、オレは」 「一人で飲むんじゃつまんねえだろ」 そう言われてリクオはしぶしぶ盃を差し出した。 おそるおそる口をつけると、意外にも普通の焼酎の味だった。 鴆は終始上機嫌で、うめえな、と舌づつみを打っては、何度も盃を飲みほしていた。
夜も更けた頃。 「そろそろ帰るぜ」 焼酎を出してからの鴆があまりに元気そうだったので、つい相手が病人であることを忘れて長居をしてしまった。 ゆっくり休めよ、と言って立ち上がりかけた腕を、鴆の手が掴んだ。 「何言ってんだ、夜はこれからだろ?」 「はあ?てめーこそ病人のくせに何を」 呆れていい返そうとしたリクオは、鴆を見て息をのんだ。 行燈がひとつきりの暗い室内で、緑の妖の目がぎらぎらと光っている。 「ぜ…」 絶句するリクオの目の前で、病人のはずの男は獰猛に笑った。 「すげー効果てきめんな精力剤みてえだな、あの酒。 こーんな差し入れまでもらったとあっちゃあ、 期待に応えねえわけにはいかねえなあ」 「えっ、ちょっ…」 確かに、病人の彼に精がつくようにと持ってきた代物だった。 だが恋人に精力剤を持っていくことが何を意味するかまではまったく考えていなかった。 気づいた時には時すでに遅く。 細いくせにやけに力強い腕に引っ張られ、リクオはあっという間に布団の中に引きずり込まれた。 |
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