絵日傘
「今日は降らねえぜ?」 夜空に雲ひとつない、美しい満月の晩。 いつものように庭先から自分を訪ねてきた主(あるじ)が手にしているものを見て、鴆はからかうように言った。 流れるような優雅な足どりで、鴆が立っている縁側までやってきたリクオは、これは雨傘じゃねえよ、と持っていた和傘をぽんと開いて見せた。 深紅に淡い色の桜の花びらが螺旋状に描かれているいる、絵日傘だった。くるくると回すと、花びらが中心に向かって渦を巻いた。 「へえ、風流じゃねえか」 よく見ようと、月が明るく照らす庭に鴆も降りてくる。 だが、見るからに女物の、しかも日傘を、夜に持っている理由がわからない。 リクオは傘を回す手を止め、薄く笑った。 「拾ったのさ」 どこで、と問えば、この近くで、と答える。 今時、和日傘を拾うというのも珍しいと思うのだが、何かわけありなのだろうか。この極端に口数の少ない主が考えていることは、時々さっぱり分からない。 寡黙な恋人は鴆の疑問をよそに、拾っても使い道ねーよな、と白い手でくるくると傘を回している。まるで子供のようだ。 その時、蛙の番頭がぺたぺたと足音を立ててこちらに向かってきた。両手には酒器と肴を載せた膳を抱えている。 「使い道っつったら――」 リクオが蛙をちらりと見て、傘を回す手を止めた。 何気なく蛙に目を向けた鴆の視界を、深紅と花びらが覆う。 「これくらいか」 蛙の視線を絵日傘で遮ったリクオは、悪戯っぽく笑うと、鴆に触れるだけのキスをした。 |
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