深緑に眠る姫
薬草摘みに没頭していて、気がついたらリクオの姿がなかった。 リクオが尋ねて来たとき、これから月が出ている間しか採取できない花を摘みに行くと行ったら、ぶらぶらとついてきた。 一緒に朧車に乗って山に来て、彼はしばらく鴆の仕事を眺めていたが、飽きて帰ってしまったのだろうか。 しかし朧車はまだそこにある。 鴆は明るい月の光を背に、深い森の中を探しまわった。 四半刻くらい歩いただろうか。 巨大な影となり空を塞いでいる木々の葉が、そこだけぽかりと空いた小さな空間に、リクオはいた。 草むらには、鴆が探していた可憐な白い花が、たくさん咲いている。 太い木に寄りかかり、リクオは眠っていた。 銀に黒が混じった絹糸のような光沢をもつ髪は、木の幹に挟まれて、一部渦を巻いている。 整い過ぎて冷たくさえ見える美貌は、わずかに顔を傾けている。 月の光を浴び、自身も内側から光り輝いているような白い肌。 桜の花びらを思わせる、うっすらと色づいた、薄い唇。 整えてもいないのに優雅な弧を描いた眉。 強い意志を宿している金色の目は今は閉じられている。 長いまつげと、頬のあたりにわずかに残るあどけなさが目立って、昼の彼くらいに幼く見える。 鴆はそっと近づき、袮々切丸を抱いて眠るリクオの顔をじっとみつめた。 疲れているところを、ひっぱりまわしてしまっただろうか。薬鴆堂には酒を飲みに来たのだろうに。 目的の花以外にも、薬の材料となるものを見つけては寄り道していた鴆に、リクオは特に何も言うことなくついてきた。 (まるで外国のお伽噺のお姫様…とか言ったら、怒るだろうなあ…) お伽噺のように、接吻したら起きるだろうか。 ふと、埒もないことを考えた。 男、しかも盃を交わした下僕がそんな不埒なことをしようものなら、その場で斬り捨てられても文句は言えない。 この年下の義兄弟を侮っているわけでも、女扱いしたいわけでも、もちろんない。 リクオの大将としての器に、心底惚れている。 だけど。 この無防備さがいけない。 秋の気配を含んだ風が、ほのかに甘い花の匂いを運んできた。 リクオは眠り続けている。 ふいに胸が締めつけられるように苦しくなった。 鴆はそっと顔を近づけ、かすかな寝息をたてる形のよい唇に、自分の唇を押しあてた。
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