線香花火
京都から戻って来た鴆は体調を崩したまま、しばらく本家で静養していた。
「ったく、何やってんだか」 寝るに寝られず、庭の方へ足を向けてみれば、何やらきな臭い匂いと、目が痛くなるような煙が、近づくごとに強く濃くなっていく。 それじゃあ何だ、と首をひねっているうちに、とうとう煙で何も見えなくなってしまい、鴆は足を止め、煙を吸って咳き込んだ。 「鴆、こっちだ」 聞き覚えのある声と共に、鴆のものよりも少し小さな手が、鴆の手首を掴んだ。 導かれるままに煙幕の中を歩いていけば、次第に煙は晴れて、漆黒の畏の羽織に銀糸に黒の混じった髪をたなびかせ、頼もしい畏を全身に纏った若い主の姿が現れた。 気がつけば、いつのまにか来た道を戻っていて、鴆が泊まっている客間の近くの蔵の前まで来ていた。 煙がなくなったところでリクオは手を離し、美しい顔を鴆に向けた。 「起きて大丈夫なのか」 「ああ。っていうか、騒々しくて寝てもいられねぇよ」 文句を言うと、リクオはそりゃ悪かったな、と悪びれずに言った。 「庭で花火とバーベキューやってんだ。お前も何か食うか?」 問われれば、寝起きで小腹がすいていた。 「ああ。あと酒も頼む」 リクオは言われるまでもねえよ、と口端を吊り上げた。
「ところで、何を持っているんだ?」 近くにいた小妖怪に用事を言いつけたリクオが数本の紙縒り(こより)を握りしめているのを見て、鴆が訊ねた。リクオも、言われて初めてそれに気づいたらしい。 「ああ、持ってきちまった…酒が来るまでつきあえよ、鴆」 リクオは悪戯っぽく笑って、色鮮やかな紙縒りの一本を鴆に差し出した。
鴆の眠りを妨げた喧騒が、今は遠くに聞こえる。 「おめーんとこじゃ、やらねえか」 「やらねえなあ。うちの組は騒がしいのは苦手でよ」 ただし宴会は別だがな、とつけ加えると、おめーと一緒だな、とリクオが小さく笑った。 最初はリクオにつきあってやっているつもりだったが、ほんの一瞬の間だけ咲かせる小さな華に魅せられて、ついつい次の紙縒りに手が伸びてしまう。 知らずに夢中になっていたのはリクオも同じだったらしく、何本目かの紙縒りに手を伸ばした時、手が重なった。 「ああ、わり」 引こうとした手に、指を絡められた。驚いてリクオを見ると、しっとりとした目が掬うように鴆を見つめていた。 「一緒にやろうぜ」 最後の一本を、二人で持って鬼火で火をつけて。 しかし鴆が見ていたのは手元の華ではなく、花火を見つめているリクオの双眸だった。 今、咲き初めたばかりの花は、さぞかし艶やかな大輪となることだろう。 「鴆?」 視線に気づいて、リクオが顔を上げた。 最後の線香花火が最も美しく火花を散らす、その瞬間。 |
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